「光乃先輩は進捗いかがですか?」

「うん、ぜんぜんだめ」

「あはは! ダメですか」


名前で呼びたいと申し出てくれたのは柚ちゃんのほうだった。和穂のことは名前で呼ぶのに、わたしだけ苗字なのは、距離があるみたいでさみしいからって。

光乃先輩、という響きがくすぐったい。呼ばれるたびにうれしくなってしまう。後輩の女の子とこんなふうに仲良くするのは、部活をやっていなかったわたしにとって、中・高を通してはじめてのことなのだ。


「あ、待ってください。ここ、ほつれてきてます」

「えっ、うそ。けっこうちゃんと縫ったつもりだったのに」

「糸が長いうちって引っぱりきれてなかったりするんですよ。ちょっと借りてもいいですか?」


小さな手がまるで魔法のように布と布をつなげていく。

感心してまじまじ見つめていると、柚ちゃんが恥ずかしそうに笑った。


「藤本さんがすごく喜んでたんです」


つながったフェルトをこちらに手渡しながら、柚ちゃんは言った。


「『あの光乃が俺のために』って。“あの”って、なんですかね」


くすくすという控えめな笑い声を聞きながら、頭のなかでクラゲ男の顔面にこぶしを入れてやる。


「まったくもう、あいつは、よけいなことばっかり言うね」

「きっとそれだけうれしいんですよ」

「ううん、だってお守り作ってあげようかって言ったらさ、最初『なに企んでんの』とか言われたんだよ。むかつくでしょ。ありえないよね」


小動物のようにうるんだ目がきょとんとする。そしてぱっと笑った。

一瞬、わたしのほうが年下になってしまったような気がして、恥ずかしくなった。


「藤本さんは思ったことぜんぶ口から出ちゃうタイプですもんね」

「そうそう、ほんとそれ、むかつくの」


そのあたりでやめといてやったのは、涼を悪く言えば言うほど柚ちゃんが楽しげに笑うことに気づいたから。

柚ちゃんも、口には出さないけど、きっとみんなと同じようなことを思ってるんだろうな。涼とわたしの関係について。セットみたいに思ってるんだろうな。