「いよいよです」
倉田くんがぽつんと言う。彼が空を見上げるので、つられて同じようにした。
「おれ、夏が好きなんです」
わたしも、好きだったな。おにいが野球をやっているときは夏が待ち遠しくてしょうがなかったっけ。
倉田くんも球児だから、どうしても夏ってわくわくしちゃうのかな。
それとも、そんなのとは関係なしに、夏という季節が好きなのかな。
いろんな思いをめぐらせながら果てしない青を見上げていた。東のほうが赤く染まりかけている。ああ、陽が、長いなあ。
ふと、真っ青の視界に影が生まれた。
倉田くんの手だ。びっくりしちゃった。こんなに大きいなんて。こんなにちゃんと、男の子っぽいなんて。
いつも、この手で野球をしてるんだ。
そういや、倉田くんって、すごい遊撃手だ。
「夏が、いちばん、生きてるって思う」
どこか切ない声だった。無性に悲しい声だった。
あるいは、夏を嫌いになってしまったわたしの耳が、そんなふうに聞いてしまっただけかもしれない。
夏が嫌い。
おにいの夢を奪っていった季節だから。
夏が、嫌い。
「村瀬さんのチア、すげー楽しみしてます!」
いきなり元気な声が聞こえて、はじかれたように視線を戻すと、すぐ近くで倉田くんと目が合った。かわいい顔がにぱっと笑った。
「あと、さっきの『お礼』の話なんですけど」
「うん、なに?」
「お守りがいいです、おれ」
え、と固まったわたしに、倉田くんはやっぱりまばゆい笑顔を向けて。
「じゃあ、部活いってきます!」
風のような速度で、あっという間に行ってしまったのだった。