両腕いっぱいに手渡されたプリントごと床が抜け落ちてしまえばいいのに。そしたら、こんなものほっぽりだしていますぐ逃げ帰るのに。

目の前のゴンちゃんは座ったままじろっとわたしを見上げ、「自業自得」とおっかなく言った。

きょうの命令は、生物の授業で使うらしい補充プリントの、間違いの訂正。学年全員分っていったい何枚あると思ってるんだ。とうてい無理だと思い、印刷しなおせと抗議したら、地球に優しくないだろうというあきれた返事が飛んできた。


「ところでおまえ、3限なにに笑ってたんだ?」

「……言いたくない」


ぜったい、誰にも、言いたくない。恥ずかしいし。


「……まあ、いいけど。それ終わるまで帰るなよ。こないだみたいに教卓に置いて帰るんじゃねえぞ」

「えー。わたしきょうはちょっと用事あるんだけど、ほんとに」

「知ってる。チアリーダーの採寸だろ?」

「えっ」


なんで知ってるの? とわたしが聞く前に、ゴンちゃんは面倒くさそうに説明してくれた。


「あれって担任の許可が必要なの。きのう本田先生に、おまえと原のぶん、きっちりサインさせられたんだよ」


そうだったんだ……。

なんだか恥ずかしいような気持ちになってしまう。

いつもすかした顔してるくせに、チアとか、そういうのやるようなやつだったんだって、腹のなかで笑われてるかも。似合わないって思われてるかも。


「原はともかく、村瀬がなあ……」


想像通りのことを言われたのでカチンときて、言い返そうと言葉を探しているうちに、ゴンちゃんはふっと笑った。


「まあ、いいんじゃねえのか」

「……なにが」


ふてくされた顔を隠せない、子どもなわたしの頭に、大人なゴンちゃんの手のひらがぽんと乗っかる。


「最後の夏くらい、なにかに熱中しても。おまえは、そういうの、いままでひとつもなかっただろ」


大きくて、ふっくらとしている、やさしい手のひら。

ゴンちゃんはきっと教師になるために生まれてきたんだとバカみたいなことを思った。

昔から教師になりたかったのかな。若いころは荒れていたって聞いたから、また違った夢があったのかもしれない。

それとも、夢なんかなかったのかもしれない。

ゴンちゃんはどこで教師という未来を見つけたんだろう。
どこで、どんなふうに、この夢をすくい上げたんだろう。


「がんばれよ」

「……言われなくても、がんばるし」

「ぷっ。かわいくねえ」


じゃあよろしく、と、今度は大きな手がわたしの腕を軽く叩く。あからさまに嫌な顔をしてやったらニヤッと笑われた。

やっぱり教師なんか向いてないよ。自分のミスくらい、自分で訂正しろっての!