右側をふわふわと歩いていた両足が突然ぴたりと止まったので、つられてわたしも歩みを止める。見上げると、情けないほどまぬけな顔がわたしをぽかんと見下ろしていた。


「げっ、なにその顔」

「……なに企んでんの?」

「はあっ?」


なにそれ。なにそれなにそれ。ちょっと失礼すぎやしないの。

さすがにむかついたので、答えないでそのまま廊下を突き進んだ。ドスドスという音が足元から聞こえて嫌になった。ゴンちゃんと似てるって、もしかしてこういうところ?


「だって光乃がそんなこと言うなんて」


うしろをちょろちょろと追いかけてくる涼が言い訳のようにしゃべっている。


「なあ、ごめんって」

「もういい」

「怒んなよー」


ふにゃふにゃしゃべるなっ。と思って振り向いたのに。

突きつけてやるはずだった言葉が力を失って声にならなかったのは、涼がいつにも増して気の抜ける顔をしていたからだと思う。


「超うれしい」

「……あんたね」

「光乃。作って。お守り」


ほんとに、はじめて会ったときからぜんぜん変わらないな。

うざくて。バカで。たまに頭のキレるやつで。
人なつこくて。嫌味がなくて。野球が好きで。

他人の心に入りこむ方法をよく知っている男だと思う。それを何の気なしにできてしまうやつなんだと思う。

涼が一部の女子から人気があるという話は本当だ。こういうふにゃっとした笑顔に、あっけなくやられちゃうんだろうなあ。


「しょうがないな」


むっつりしたままの返事になってしまった。


「どうせ、矢野ちゃん以外の誰からも作ってもらえないんでしょ」


矢野ちゃんというのは3年のマネージャーだ。テキパキしてて、頼れるアネキという感じの子。


「あれ? 痛烈すぎね?」


おどけながらもうれしそうにしている涼と、妙な心地になりながら教室へ向かった。途中、春日と和穂に出くわし、春日も無事に2番をもらえたことを聞いた。市川も1番だって。みんな順調でよかった。

倉田くんはどうだったんだろうと、ふと思った。
涼に聞こうとして、やめた。なんとなく本人から聞きたいと思ったんだ。

2年3組だと言っていたっけ。昼休みか放課後あたり、和穂につきあってもらおうかな。よく知りもしない先輩がとつぜん訪ねてきたら変に思われるかな。コワイかな。