「わたし、トロくて、グラウンドではほんとに役に立たないんで……これくらいのことしかできなくて」
ユズちゃんはボールを見つめながら、いまにも泣きそうな顔で言った。なんと声をかければいいのか悩んでいると、和穂がそっとそのやわらかそうな髪を撫でた。
「柚ちゃんいっぱいがんばってくれてるって、健太朗が言ってたよ。『寺尾さんは部の癒しだー』って!」
「か、春日さんがっ。ですかっ」
うるんでいた瞳にパッと光がさす。和穂がウンウンとうなずきながら、なおもその髪を撫で続ける。
栗色の猫っ毛が夕日に照らされて遠慮がちに輝いていた。たぶん、もともと色素の薄い髪なのだろう。本物はやっぱり違うなと、苦笑したい気持ちになった。輝き方が違う。自分の人工のアタマが妙に恥ずかしくなる。
細くて小さな手と同じボールに手を伸ばしてしまった。あわてて引っ込められたそれを目で追い、その先にある焦ったような照れ笑いを見たとき、どうして野球部のマネなんかやっているんだろうと本気で不思議に思った。
たぶん、向いてない。悪い意味じゃなく。きっと、こんな気の弱そうな女の子がやるようなもんじゃない。それに、さっき自分で言っていた『トロい』というのもたぶん本当だと思う。
かなりきついんじゃないかな。遅くまで残って。重たいもの運んで。汚い仕事して。汗かいて。
それとも、どちらかと言わずともインドア派に見える彼女も、実はものすごく高校野球が好きだったりするのだろうか。人は見かけによらないというし……。
「そういえば柚ちゃんって3組だっけ?」
最後のひとつをカゴに入れながら、和穂が声を弾ませた。
「はい、そうです、2年3組です」
「そっかそっかー。じゃあ、今年はさっくんと同じクラスになれたんだね!」
とつぜん飛び出した倉田くんの愛称に肩が跳ねる前に、ユズちゃんの顔がじゅわっと赤く染まったのに気づいた。
彼女ががんばって野球部のマネージャーをしている理由が、なんとなくわかってしまった。