それでもゴンちゃんとうっかり鉢合わせてしまわないよう、校舎の裏側を通って歩いた。鬼ごっこをしているようで勝手に楽しくなってしまい、たまに和穂と「なにしてんだろうね」と笑った。
左側にそびえ立つ南舎の向こう側から、さっき教室で聞いたよりもずっと大きなボリュームでいろんな音が聞こえてくる。応援団とチアの声もうんと近い。ちょっと覗きたいような気にもなったけど、それ以上に切ない気持ちになってしまうような気がして、言い出せなかった。
やがて体育館と武道場へ続く渡り廊下へ到達したとき、突然すさまじい音が鼓膜を殴った。ガーンというものすごく重たい音。
「や、やっちゃった……」
続いて聞こえてきたか細い声につられるようにして目をやると、ジャージに身を包んだ小柄な女の子が青ざめた顔で突っ立っていた。か弱そうな雰囲気には似合わずけっこう健康的な日焼けをしている。
ハの字になった彼女の足元には、気が遠くなるほどの量の野球ボールが転がっていた。ずいぶん汚い、使いこまれた古いボールだ。
「ちょっと柚(ユズ)ちゃん、大丈夫?」
ぽかんとしているわたしとは裏腹に、和穂がいきなり声を上げた。どうやら知り合いみたいだ。
「和穂先輩……?」
「あー、もう、ほらほら、ぼうっとしてないでチャッチャと片付けないと」
細い脚が躊躇せず彼女に駆け寄っていく。こういう世話焼きで面倒見のいいところ、そして行動力のあるところ、さすがだなあと思う。野球部の主将が惚れるのもうなずける。
じゃなくて。わたしも、手伝おう。
「あー、ありがとう、光乃」
ふたりと同じようにしゃがみこんでボールを集め始めたと同時に、和穂がまるで自分のことのようにお礼を言った。
「ううん。ねえ、ユズちゃん、だっけ、野球部のマネージャーさん?」
「はいっ。2年の寺尾柚といいます。すみません、あの、先輩がたにこんなことさせて……」
「いいんだよ。それより大変だね、こんないっぱいのボール」
そんな、と小刻みに首を横に振るしぐさがハムスターみたいで愛くるしい。こんな絵に描いたような小動物系女子が、あんな男くさい部活のマネージャーをしていることを、とても意外に思った。