やがて女子高生ふたりは会話するのにもすっかり飽きてしまい、無言の作業が続いている教室には、近くて遠いグラウンドの音だけがモロに届いてきていた。
元気な笑い声とか、シャキッとしたかけ声。そのなかでもいちばん目立って響いてくるのはやっぱり野球部の金属バットの音かな。
それに混じって耳に届いてきたのが、独特のかけ声だった。ピシッとそろった女子の集団の声だ。
「……あー。そっか、応援団とチアが動きだす時期かあ」
『かっとばせー!』のところで気づき、ぽろっとこぼした。和穂が目だけをちょいっと上げて、またノートに視線を落とすと、そうだねと静かに言った。
「和穂は結局、マネもチアもやらなかったね」
「まあね」
「やればよかったのに」
「聞き飽きたよ」
「チアのほうは、はじめて言ったよ」
和穂がちょっと笑った。
「健太朗ってね、意外と独占欲強いほうなんだよ。彼女があーんな短いスカートひらひらさせて踊るのなんて嫌がるに決まってるでしょ?」
「あー、はいはい、ごちそうさま」
いつもこうしてさらっとのろけてくるんだもんな。
でも、知っている。和穂が、本当はわたしに気を遣ってチアをやらなかったこと。
わたしたち、ずっと憧れていたんだ。いっしょにおにいの試合を観戦した日、スタンドでかわいく踊る天使たちを見て、一目惚れしてしまって。高校に入ったらいっしょにチアリーダーしようって、中学のころは飽きるほど話しあっていたっけ。
「さー、終わった! 帰ろう、光乃、アイス食べよう」
見たかった。すらりと線の細い、色の白い、髪の美しい、そういう和穂がチアリーダーしているところ。
春日が嫌がるってのも本当かもしれない。
でも、わたしに気を遣ってくれているのも、きっと本当だ。
「……うん、ありがとう」
いろんな気持ちをこめて言った。和穂はなんにも気にせずからからと笑った。
「いいっていいって! ゴンゾーはちょっと光乃に構いすぎなんだよ」
さあ、とリュックを持ち、わたしのスクバもいっしょに持って教室を出ていく細い背中を追いかける。8クラス分のノートは教卓に置いてけぼりにしてやった。
いいよね。職員室まで持ってこいとは、言われてないもんね。