もういちどマグカップを洗いなおし、すでに乾いてしまっている茶色い髪を連れて自室へ向かった。これから好きな深夜バラエティが始まるけど、なんとなく見る気にはなれなかった。


部屋の入口、立てかけてある姿見に映った自分が目に入る。茶色の髪は、わたしにはほんとに似合わないと思う。最初は和穂にもさんざん似合わないって言われたな。


髪は高校の入学式の前日に染めた。ドラッグストアで染め粉を買ってきて、風呂場で、自分でやった。

ずっと茶髪に憧れていたんだ。ほんとに真っ黒だったから。いちど明るくしてみたいって、たぶん小学生くらいのころから思っていた。


校則やら何やらの壁があってできなかったってのもある。

それでも茶髪にしてる子はいた。中学のときはそういう同級生がほんとにうらやましかった。


わたしが茶髪にできなかったいちばんの理由は、校則でもなんでもなく、おにいだ。

おにいが、高校野球をやっていたから。真剣にやっていたから。本気で、甲子園を目指していたから。目指せる場所にいたから。

悪いことだけはするなよって、さんざん釘刺されて。お母さんやお父さんにも言われて。妹の悪事なんかが高野連に漏れたところでどうってことはないのかもしれないけど、わたしがおにいの夢の邪魔になるのは絶対に嫌だったから、すすんで大人しくしていた。

茶髪にするなんてもってのほか!

そんなささやかな自分の夢なんかより、おにいのデッカイ夢のほうが、よっぽど大事だったんだ。


でも、おにいは、甲子園には行けなかった。

大好きだった野球をやめてしまった。

絶望に瞳を濡らして。もう、人生なんかどうでもいいって顔をして。未来ごと、あの日、おにいは野球を投げうった。


だから、わたしも同じ夢をいっしょに手放した。

そして、いちばん見たかった未来と引き換えに、ずっと憧れていた茶色い髪を手に入れた。

でも、ぜんぜん好きになれない。
わたしに、この色は似合わない。