「……あの。でも、ほんとに」


ちらりとウチのクラスの時計に目をやった倉田くんが、とつぜん改まって口を開いた。そろそろ、HRの時間だ。


「打撲って当たりどころ悪いとけっこうこわいんで、おかしいなって思ったらすぐに病院行ってくださいね。ほかにもなんかあれば言ってください。おれにできることならなんでもします!」

「もう、そんなに構えなくてもほんとに大丈夫だよ」


こわくないよ、と冗談まじりにつけ加えると、倉田くんはちょっと困ったふうに笑った。


「違うんです。だって村瀬さん、女の子だから」


爆弾みたいな発言をさらりと投下する。不覚にも、ドキッとしてしまったじゃない。

女の子だから、なんて台詞を、まさか年下の男の子に言われるなんて思ってもみなかった。頭マッチャッチャのわたしが言われるなんて思ってもみなかった。


「……うん。心配、してくれてるんだよね。ありがとう、ごめんね」


やばいな。すごく照れてる。絶対に涼にだけは気づかれたくないので、とっさに顔の右側を髪で隠す。


「大切な時期によけいなこと考えさせちゃってごめんね」


ゴメンネの内容をもういちど、丁重に口にした。


「きのう、すごいなって思って見てたんだよ。守備もバッティングも感動しちゃった! 倉田くんが背番号もらえるの、すっごい楽しみ」


どこがよかったとか、あのプレーすごかったとか、エラそうにしゃべった。気づけば夢中でしゃべっていた。

野球のことをこんなにしゃべるの、いつぶりだろう?

どきどきしている。
胸が、どうしようもなく疼いている。


「うれしいです」


すぐ目の前の日焼けした顔が、照れたようにふにゃっとほころんだ。


「おれ、野球しかできないんで。野球褒められるとすげーうれしいです」


わたしはなにを不安に思っていたのだろう。

こんなに、野球に愛されている男の子じゃないか。こんなに野球を愛している男の子じゃないか。


「背番号もらえるようにがんばります!」


泣きたいような気持ちになった。

おにいが、はじめて背番号をもらって帰ってきた日のことを急激に思い出した。11番だった。
その次の年、3年になった夏、1番をもらって帰ってきたおにいは、それまでのどんな瞬間よりも幸せそうだった。わたしも、自分のことみたいにうれしかったんだ。


あのときと同じ胸の震えを、いま、感じている。