倉田くんはドアのすぐ向こう側にいた。涼と違ってきちっと制服を着てる。ネクタイもきれい。なんか、後輩って感じだ。こっちが緊張する。
「おはようございます!」
いきなり元気な挨拶をされた。驚いて高速で目をしばたたかせるわたしに、隣で涼がクックと笑った。
「オハ、ヨウ」
すぐ目の前にこの世のものとは思えないきらきらの瞳がふたつならんでいる。なんとなく、怖気づく。わたしをじっと見つめて逸らす素振りもないそれに後ずさりさえしたくなる。
それにしても、こうしてきのうよりぐっと近い場所で顔を見て、わたしとあまり身長が変わらないということを実感した。目線が同じだ。球児にしては小柄なはずの涼すらデカく見えてしまう。
「きのうはすみませんでした。おかげんいかがですか?」
言われると思った。でも、おかげんって、高校生が使う言葉じゃないな。笑っちゃう。
「あの、ほんとに気にしないで。ちゃんと見てなかったわたしが悪いんだよ。当たったトコも大丈夫だし……」
言いながら思わず指でグッと押してしまう。一瞬だけ顔をしかめたわたしを、倉田くんは見逃しはしなかった。
「……女の子に、打球当てたっつったら。オヤジにすげー勢いで怒られて」
しゅんとして、倉田くんは言った。
「姉ちゃんにぶっ飛ばされて」
お姉さんがいるんだ! だから、こんなにかわいいのかな? たしかに倉田くんって弟って感じする。
この律儀な性格は、お父さんとお姉さんに厳しく育てられてきたせいなのかなと思った。
「母ちゃんに、お見舞いにコレ持ってけって、渡されました」
ずいっと、よく日焼けした腕がこっちに伸びてきていた。さすがに拒否することはできず、その先端にぶら下がっている淡い水色の紙袋を受け取ると、見覚えのあるロゴが目に飛びこんできた。
「え……これ!」
「あ、なんか、よくわかんないスけど。おれ、スイーツとかぜんぜん詳しくないんで……」
間違いない。『マドンナ』のマカロンだ!
駅前の小さなケーキ屋さんがつくる、絶品だと噂のマカロン。でも一日限定30セットしかない幻のマカロン。
一度、食べてみたいと思っていたんだ。
「姉ちゃんのバイト先のお菓子みたいです」
「ネーチャンの!」
オウム返ししてしまったわたしに、倉田くんはキョトンとして、それから笑った。同時に涼が吹きだしたのでコッチはわき腹をおもいきり殴ってやった。