透明な粒が頬へ降り注いでいる。

ひとつ落ちるごとに、視界が洗い流されてゆくようだった。世界や未来までもがクリアになっていくようだった。

すこしの濁りもないきらめき。
これは、朔也くんがくれた涙だ。


相手チームがマウンドに集まり喜びを分かち合っている。その景色のなかで、ラストバッターだけが動かずにいた。あるいは動けないのかもしれない。

一塁コーチャーが彼を抱きかかえると、頭のてっぺんからつま先まで土でどろどろの朔也くんはゆっくり立ち上がり、淡々と、本当に淡々と、仲間のもとまで歩いていった。


「お疲れさまでしたっ」


いきなり、もみじが声を張りあげた。泣いている声だった。とたん、みんなが次々に声を上げた。先輩、後輩、教員、保護者、吹奏楽部、応援団、チアリーダー、関係なく。


お疲れさま。
ありがとう。

ここまで連れてきてくれて、本当にありがとう。


挨拶を終え、スタンドまで来てくれた選手たちも同じことを言った。まっすぐこっちを見上げて。しゃんと背筋を伸ばして。


「最後まで応援ありがとうございましたっ」


春日が深々と頭を下げると、残りの19人とスタンドにいる野球部がそれに続いた。

黒く汚れたユニフォームが愛しい。汗まみれの顔がとても美しい。がむしゃらな姿はなによりも気高かった。

こんなに最高のチームをわたしはほかに知らないし、きっとこれから先も出会うことはないと思う。


「ありがとーっ」

「お疲れさまっ」

「いい試合見せてくれてありがとうっ」


思い思いの言葉がスタンドからグラウンドへ投げこまれる。


春日が市川の肩を抱き、市川が答えるように深くうなずいた。肩を震わせる朔也くんの頭を、涼が右腕だけで抱きすくめた。
それぞれの気持ちは、頬をつたう涙に変わっていた。

ねぎらいと感謝の言葉を一身に浴びながら、ヒーローたちは戦場を去っていく。
ひとつひとつ違う背中に、同じ輝きを帯びながら。