その回さらなる追加点はなく、6-6で試合は延長戦へともつれこんだ。
7月下旬の炎天下、気温はすでに30℃を超えているらしい。球場での体感温度はもっと高いと思う。水分補給をしっかりするようにとウグイス嬢からのアナウンスが入った。
一塁側スタンドはまだなお湧いていた。特に、タイムリースリーベースヒットを放ったリードオフマンのことを話題に上げる人は少なくなかった。
誰も、夢にも思っていないのだろう。
これだけのプレーを見せている小さなヒーローが、決して万全ではないなんて。
すぐ真下にあるベンチの様子が見えないのは歯がゆかった。けっこうガンガン走っていたけど、足は大丈夫なんだろうか?
「きょうのヒーローは倉田朔也で決まりだね」
スポーツドリンクをジャグから紙コップへ注ぎながら和穂が声をはずませる。泣いていたせいでかなりの鼻声になっちゃってる。
「もうほんと、ウチに来てくれてありがとうって感じ。ここだけの話、さっくんってアッチの学校からも熱烈に口説かれてたらしいよ。なんなら県外からのスカウトもいっぱいあったっていうんだからさー」
そう言って和穂が列挙した学校のなかには、甲子園出場どころか、全国4強は当たり前みたいなところもあったので驚いた。でも朔也くんならどこへ行ってもレギュラーになれていただろうなってエコヒイキみたいなことを思う。
「この夏のさっくんの打率知ってる? 6割だって。ヤバイよ」
ヒエーと声が出てしまう。
「たしかによく打ってる感じあるけど、数字にするとほんとヤバイね」
「ねー。もし甲子園出たらテレビで『倉田特集』やってくれないかなあ」
「春日じゃなくていいの? 『キャプテン特集』もいいと思うな」
「えー、ヤだよ。健太朗が全国の女からモテちゃうじゃん」
くだらない会話をしながら、でもこれは夢の話じゃないということを実感して、なんだか鳥肌が立った。
投手が憧れてやまないあのマウンドに立っている市川。その18.44メートル先でミットをかまえる春日。特別な場所でもいつもみたく笑っている涼。大観衆のなかで楽しそうに走りまわる朔也くん。
10回の表を無得点で抑えきったナインが聖地でプレーしている姿を簡単に想像できてしまう。
甲子園に行く。そう言った朔也くんを思い出した。なんとなく、体が震えた。