ウチに見送るという選択肢はほぼないようだった。監督さんの指示かもしれないし、選手が感覚的にそうしているのかもしれない。

それが吉と出るか凶と出るかは運と力量しだいだが、さすが決勝戦、神様もおもしろい試合を見たいと思っているのだろう。
あきらかにバットの芯ではないところに当たったボールは、風向きのおかげで飛距離が読めなくなり、やがてセンターの前にぽとりと落っこちた。

センター前ヒット。ノーアウトでランナーが出たことにスタンドが湧く。

しかし続く七番はライトフライ、八番はファーストゴロに倒れ、あっさりツーアウト一塁となってしまった。

次に打席にやって来たのは市川ではなく、ピンチヒッター水野。今大会初出場の控えの三塁手だ。

少し緊張した様子で打席に入った水野は、三球続いてファウルを放って追いつめられながらも、果敢にバットを振り抜いた。それが勢いよく白球にぶつかる。はね返されたボールはレフト方向へするどく飛んでいき、緑の芝の上を快走していく。

文句なしの二塁打だった。代打というのはこういうドラマを見せてくれるからおもしろいな。

そして最終回ツーアウト二三塁というチャンスの場面、打順は倉田にまわった。


チャンステーマのテンポがいつもより少しだけ速い気がする。

朔也くんはやはりあのルーティンをおこなうと、一歩ずつ踏みしめるようにしてバッターボックスに立った。大きなピッチャーが小さなバッターを押さえつけるように威圧的に見据える。

なかなか速い球を投げるピッチャーだけど、それ以上にものすごいオーラがある。さすが強豪校のエースナンバーを背負うことはあるなという迫力。

一球目、ファウル。二球目、ファウル。三球目、ボール。そして、四球目――


「――朔也くん！」


思わず声が出た。

三遊間強襲。
サードの戸田くんがビュッと飛び出してくる。白球は、いっぱいに差しだされたグラブを勢いよくはじき、軌道を変えて外野方向へ流れていった。

そのあいだに三塁ランナーが帰ってくる。二塁ランナーもホームへ滑りこむ。

センターからの送球は間に合わない。セーフ！　嘘みたい。なんて、なんて、展開なの。


「追いついたっ」


和穂がピョンピョンとび跳ねながら勢いよく首に抱きついてきた。すでにぐしゃぐしゃに泣いている。


「すごいよ、光乃、信じられない、さっくんはなんて子なの……」


三塁まで走った朔也くんはこぶしを掲げている。何度も空へ突き上げる。やったぞ！って声が聞こえてきそうなほど力強い動作だ。

朔也くんがグラウンドであんなふうに感情をむき出しにしているところ、はじめて見たよ。

記録はヒットだった。
まだ、終わってなかったんだ。ほんとに、終わってなかったんだ。