いきなり、カキンという快音が響きわたった。それ以外のすべての音が消え去ったみたいに、一瞬、球場全体が静まり返った気がした。
空高く飛ぶ白球はやすやすとバックスクリーンを超えていく。一塁ランナーとバッターランナーがゆったり帰還してくる。バッターランナーは右のこぶしを天高く突き上げている。向こう側のスタンドがワッと盛り上がる。
完璧なホームランだった。2点追加でスコアは4-6に変わる。
市川が空を仰いでいる。春日がマスクを外してマウンドまで駆けてくる。
内野陣もわらわらと集まってきた。涼が市川の肩に腕をまわし、声をかけているようだった。春日が全員に向けてなにかを言う。みんなが一斉に小さくうなずく。
「まだ終わりたくない」
すぐ隣で、和穂が彼らの代弁をした。
「健太朗とイッチーのバッテリー、もっと見てたい」
市川は野球で進学することが決まっていて、春日は和穂と同じ県内の大学を目指している。つまり、順当にいけば、ふたりが投手・捕手としてコンビを組むことはきっともうないわけで。この夏が最後だ。
「健太朗、イッチーの球捕るのがいちばん好きって言ってた」
「和穂。まだ終わってないよ」
すでに涙をいっぱいに溜めている和穂がわたしの腕に抱きついた。
最終回で2点差というのには数字以上の意味がある。相手が甲子園常連校の強豪だということにも。
簡単には追いつかせてもらえないだろう。でも、まだ、終わってない。
あとひとつのアウトを市川が三振で取り、4-6のまま攻守交代となった。
9回のウラ、打順は六番からだ。