平日にもかかわらず決勝戦の球場は激混みだ。グラウンドよりもスタンドのほうばかりを見てしまう。
野球部たちが吹奏楽の楽器を運ぶのにえらく苦労している。応援に駆けつけてくれたウチの生徒たちが座席の確保に手こずっている。

人混みからはいろんな声が聞こえてきた。まさかウチが最後まで残るとは思っていなかったという驚き。つまんねえ試合したら嫌だなとなじるような野次。時には市川を心配するような声もあった。朔也くんの足のことを知っている人はひとりもいなさそうだった。


「あれっ、光乃、ゴンゾーいるよ」


持ち場に向かう途中、和穂がこっちを振り返って意外そうに言った。嘘だァと思いながら見やると、ゴンちゃんはほんとにいた。暑くていまにも死にそうだという感じの顔で、周りに群がる生徒たちの相手をしている。


「おはようございまぁす」


駆け寄って声をかける。いつもダルそうな目がわたしの顔を見るなりぎょっとする。


「……墨汁でもかぶってきたか」


どうせしょうもないことを言われると思ったよ。


「ねえ、まさか来るなんて思ってなかったよ。おとといもけっきょく来なかったでしょ」

「仕事が終わんなかったんだよ」

「えー。ムノーじゃん」


人差し指の第二関節で頭をコツンと小突かれた。これがけっこう痛いんだ。


「ゴンちゃんさ、夏休みヒマ?」


聞いただけなのにスゲー嫌そうな顔された。べつに遊びに誘おうと思ってるわけじゃないっての。


「三者面談してほしいんだけど、空いてる?」


嫌そうなのが訝しむような目に変わる。


「急だな」

「おにいに会ってきたから」


ゴンちゃんは驚いたように大きな体をほんの少しだけのけ反らせると、口元に笑みみたいなものをかすかに浮かべ、それからできたてホヤホヤの黒髪の上に大きな手を置いた。

なにか言いたそうだけど、ゴンちゃんはなにも言わないだろうとなんとなく思った。


「いい? 三者面談」


もういちど訊ねる。


「いいよ。親御さんの都合はつくのか?」

「お母さん、パートだから……聞いとく」


お母さんのことを言うのはちょっとむずがゆかった。

案の定、ゴンちゃんは口角をキュッと上げると、わかったとだけ答えた。いろんな意味のこもった『わかった』。