「おれは野球しかできません」


謙遜のような、いちばんの誇りを打ちあけるような響き。


「正直、右足首は無視できないくらい痛むし、監督にも春日さんにもオヤジにも姉ちゃんにも死ぬほど説教されて止められました。自分でも、もし取り返しがつかなくなったらと思うとぶっちゃけこわいです」


朔也くんは右足に視線を落とし、ぐっとこぶしを握った。ふたたび戻ってきた瞳ともういちど見つめあう。とても強い光。逸らせない。


「それでも、おれは野球しかできないから、野球をします」


おにいも4年前、こんなふうに思ったんだろうか?
こんなふうにコワイ思いを抱えながら、それでも最後まで闘うことを決めたんだろうか?

彼らから野球を引き算したらいったいなにが残るのだろう。なにを、残していけるのだろう。


「……きのう、おにいに会ってきたよ。4年前の話、たくさんした。いまの話も同じくらいたくさんした」


目の前にあるひとえのたれ目がどこか不安げな色に変わる。心配してくれているのかもしれない。兄のこととなるとわたしが冷静でいられないのを、朔也くんはたぶん知っている。


「大丈夫だよ」


それは自分のことであり、おにいのことであり、そしてなにより、朔也くんのことだった。


あんなに強かった瞳が戸惑って揺れる。思わず、体の両側でかたく握られている手を取る。こぶしをひらいてぎゅっとつなぐ。

真夏なのにひんやりとした指先から気持ちぜんぶが伝わってくるようだった。まだかすかに残る迷いや不安、恐怖――それでも確固とした意志。


あのおっかない監督さんには怒られたりしたんだろう。家族からも必死に止められたと思う。春日には、来年もあるからと、こんこんと説得されたかもしれないな。

もしかしたら朔也くん自身もまだ、どこかで自分のすべてを信じきれてないんじゃないかな。コワイに決まっている。野球しかできないと言いきる男の子だ。野球が好きだと、苦しそうに泣く子だ。


「がんばって」


だからわたしが、全身全霊をかけて、彼のすべてを信じる。