試合までまだ何時間とあるのに、学校にはすでにチラホラ野球部の姿があった。試合の日の選手たちは想像以上に早く動きだす。体をあたためたり、ミーティングをしたりするためだ。

特に下級生たちはそろって先輩より早く来ていて感心してしまった。最上級生でレギュラーの涼は多くの部員から挨拶されるわけで、なぜか隣にいるわたしもついでにオハヨウゴザイマスと言われるわけで、それはちょっと気まずかったけど。


「藤本さん、光乃先輩っ。おはようございます!」


通りすがりでなく、自ら駆け寄ってきてくれたのは柚ちゃんだ。やはり黒く染まった髪に驚かれてしまった。


「あの……いま、お話大丈夫ですか?」


わたしと涼どちらともに確認をとり、涼が快諾して春日たちのほうへ行ってしまうのを見届けると、柚ちゃんは緊張した様子でおずおずと口を開いた。


「きのう、倉田くんに振られました」


エッと声が出てしまう。


「光乃先輩には報告しとかなきゃって思って。こないだ、みっともなく泣いちゃったりして、すみませんでした」


力なく笑った大きなたれ目のすぐ下、ぷっくりとした涙袋がほんのり赤く腫れている。

いっぱい泣いたんだ。柚ちゃんがどれほど朔也くんのことを好きか、わたしには想像もできないほどで、だからこそ、綺麗事ではなく本当に心配に思った。

ずっと好きだった人に振られる気持ちは正直わからない。でも、世界でたったひとりのヒーローが消えてしまうさみしさなら、少しだけわかるよ。


「大丈夫?」


思わず訊ねると、赤い目がきゅっと笑った。


「はい。ぜんぜん大丈夫です。もちろんダメージがないわけじゃないですけど、いっぱい悩んでくれたんだなあっていうのが言葉や態度から伝わってきて……それが、すごくうれしくて。だから、ほんとに平気です」


自分でも意外なほどだと柚ちゃんは肩をすくめた。