「疑って咎めることは簡単で、すげえ、楽なことだと思う。きっと誰にだってできるよ。でも『信じる』ってのはそうはいかない。ぜんぜん簡単じゃない。かなりむずかしい。でも、その分、なにより価値のあることだ」


無知な妹に教えを説くように、自分でかみしめるように、おにいは言った。


「倉田くんがたったひとり信じててほしいと思う相手は、光乃なんじゃないか?」


胸に飼っている底なし沼がボコボコと暴れだす。恐ろしかった。でも不思議と、闘えないとは思わなかった。


「俺、気持ちわかるよ。光乃の『がんばって』の魔法は本物だから」


そういえば、朔也くんにも言われたことがあったな。おにいと同じことを言うんだってものすごく感動したんだ。ほんとにうれしかった。ちょこっと、苦しかった。

わたしはまだ、いちばん大切な男の子に、魔法をかけることができる?

底なし沼に打ち勝てる?


「あー、いいなあ。高校野球はやっぱり最高だな。戻りてえ」


大きく伸びをしながら、おにいがとつぜん言った。

ふっと、意味のないタラレバが浮かんでしまう。


「もし、戻れたとして。やり直せるとして……おにいは、違う選択をしてた?」

「いや。同じ選択をしてた」


おそるおそる訊ねたのに、拍子抜けするほど簡単な返事。


「燃え尽きたんだよ。不完全燃焼じゃない。完全燃焼だった。だから後悔はしてないし……」


言葉を止め、少し考えると、こっちを向いて二ッと笑う。


「いまもあのころに負けないくらい楽しいから。この未来に会いたくて、俺は同じ選択をしてると思うよ」