140キロのレーンにいる少年はまだ白球を打ち続けている。パカンパカンという軽快な音に聞き入ってしまい、次の言葉を見つけることができなくなったわたしは、じっと動かないで押し黙った。
おにいがいきなり、さっき吐いた分の息を吸う。短く。するどく。
「それで光乃は、どうしたら倉田くんを諦めさせられるのかってのを、俺に聞きたいのか?」
おにいはいつもよりほんの少し低い声で、ほんの少し落ち着きはらって、ゆっくりと言った。
「ちがうっ」
おもいきりかぶりを振る。
それは、違う。本当だよ。わたしが知りたいのはそんなことじゃない。彼を諦めさせたいんじゃない。ほんとは、止めたくない。彼の覚悟を踏みにじりたいわけじゃない。
「どうしたら、どうしたら……応援できるんだろう?」
がんばってって、言いたいんだよ。応援したいんだ。きっとものすごい痛みを抱えながら、それでも試合に出たいと願う朔也くんの気持ち、まるごと。
でも、心のなかに、深い深い、底なし沼みたいな場所があって。
近づけない。覗きこめない。
たとえそのなかに、見たこともないような素晴らしい輝きがあるのだとしても。
「信じてやれ」
おにいは簡潔に答えを言った。
「けっきょくダメになった俺がこんなこと言うのもどうかと思うけど、やっぱり、本人が出たいと思うなら誰になにを言われても意味ないよ。それに止めるやつならいっぱいいる。家族、監督、チームメイト、ほかにもたくさん。俺もさんざん止められた。ぶっ壊れる前から何度も母さんに泣かれてたの、光乃は知らないよな」
小さくうなずくと、おにいは申し訳なさそうに眉を下げて笑った。
「右肘がもう限界なこと、光乃にだけは言わないでくれって俺が頼んでたんだ。俺、なにがあっても光乃にだけは『がんばって』って言っててほしくてさ」
「……なにそれ。勝手じゃん」
「そう、勝手。でも、光乃のガンバレがなくなったら、俺はほんとにがんばれなくなると思ったんだよ」
そのせいで、けっきょくダメになって、あんなに妹を泣かせたわけか。ウチの兄貴は最低だって思った。
「光乃の心からの『がんばって』が、あのころ俺の支えだった」
それでも、ウチのおにいは最高なんだって、世界中に自慢したくなる。