「けっこう打てるじゃん。昔はぜんぜん当たんなくてピーピー文句たれてたのに」
ネットの内側へ戻るなり茶化されたのにはむっとしたけど、いきなり冷えたスポーツドリンクを渡されたので文句を言うタイミングを逃してしまった。
ちゃちなゲームセンターになっている店内に戻り、薄汚れたベンチにならんで腰かける。もう打たないのか訊ねると、おにいはうれしそうにネットの向こうをあごでしゃくった。
いつの間に来たんだろう、右打ち140キロのレーンにひとりの少年がいた。
中学生くらいかな。体格はまだ完全にはできあがってないように見えた。彼は、コインを投入すると、びゅんびゅん飛んでくる白球を難なく打ち返し始めた。
あ、なんか――デジャヴ。
「いまどきバッセンなんて流行らないと思ってたよ。打ちに来る野球少年ってまだいるんだな。しかもひとりでなんて、なかなかいないんじゃね?」
そうだろうな。でも、おにいの後輩も、ひとりで打ちに来るんだよ。
「ウチの野球部にさ、おにいと同じシニア出身のコがいるんだけど」
「え? マジ? ピッチャー?」
笑っちゃう。ピッチャーってやつは、自分と同じ生き物のことしか頭にないんだ。
「チガウよ。ショート。一番打ってるよ」
「一番ショート? 足速いじゃん」
「そりゃあもう! ウチの盗塁王だもん」
「へえ。どんなヤツなの?」
興味津々な先輩に5つ下の後輩のことを詳しく教えてあげた。でも本当はわたしが話したかっただけだ。大好きな人に、大好きな人のことを話すというのは、こんなにもむずがゆくて、ほんのり幸せな気持ちになるんだね。
いろんなことを話しながら、いろんな顔を思い出していた。
無邪気に笑う顔。子どものようにすねる顔。年下っぽいやんちゃな顔。ぴりっとしたスポーツマンの顔。野球が好きだと泣いた顔。
それからきのうの、切ないほど真剣な、怒った顔……。
「……きのうさ、試合のなかでけっこうすごいクロスプレーがあって。そのときにかなりひどく右足を痛めたみたいでね。なのに本人は、あしたもぜったい出るって言うんだ」
試合に出るということ、朔也くんはきっとものすごい覚悟をもって決断したと思う。それが嫌だった。打ち砕くことのできない確固たる意志が。
「それで、わたし、すごい怒っちゃった」
隣でおにいが息を吐くのがわかった。