ウチの近所のと同じくらいさびれたバッセンにはやはり客がいなかった。受付カウンターにすら人がいなくて、営業しているのか不安になったけど、おにいはかまうことなく店内を徘徊した。
「来たことあるの?」
「いや、ないよ。はじめて。わはは。ホコリくせえ」
ケロリと笑いながら備え付けのバットを持ち上げては物色する。やがて気に入ったのを見つけると、おにいはとても自然な動作で、まるで癖みたいにかまえてみせたのだった。
経験者だってのがひと目でわかるような完璧なフォーム。高校球児だったおにいが、おしゃれ大学生になってしまったおにいに完全に憑依しているようだよ。
「バット握るの何年ぶりかな? 何キロなら打てっかなあ。もう、140は無理だろうな」
ひとり言みたいにしゃべって、ウキウキを隠しきれない様子でネットの向こう側へ行ったおにいが選んだのは、右打ち100キロのレーン。
中学生のころにはもう打てていた球速だ。ちょっとびびりすぎじゃない?
それでもパカンパカン白球を飛ばす兄のバッティングは、ぜんぜん衰えていないように見えた。
「大丈夫なの?」
けっきょく20球すべてを打ち返してしまったかつてのパワーヒッターに訊ねると、
「軽く流すくらいなら、ぜんぜん」
と気持ちのいい笑顔で返される。
ヒットばかり打っておいて『流す』だって。これだから天才は嫌だな。おにいは現役のころエースピッチャーだったけど、四番打者でもあったんだ。
「光乃も打てよ。気持ちいいよ」
そう言われたわたしはやっぱり80キロを選んだ。
つらそうな音をたてながら必死にボールを吐き出し続けるピッチングマシンと向きあっていると、心にぶら下がったよけいなものがボトボト落ちていくような感じがした。
ぜんぶ、白球といっしょに飛ばしてしまえばいい。
ミートの瞬間に生まれる心地よいしびれが指先をつたい、肘をつたい、肩をつたい、心臓にまで流れこんでくる。
おもいきり体をねじった。
「すげえっ」
うしろでおにいが声をはずませる。
はじめてのホームラン。想像以上の感触だった。
あんまりの感動にぼう然としちゃって、残りの3球は、かすりもしなかった。