謝りたいのはグローブのことだけじゃなかったけれど、きっとなにを言ってもたいして意味はないのだろう。

言葉だけで解決できるほど簡単なことじゃない。
でも、言葉にしなくちゃいけないほど、そんなにむずかしいことでもないと思うんだ。


右手に残るカタマリは大きかったけどがんばってひと口で頬張った。用意してくれた冷たい麦茶で流しこみ、コップに残った分も飲み干しているあいだに、おにいが着替えていたので驚いた。

野球バカだったおにいがこういうおしゃれなシャツをさらっと着こなす大学生に変身するなんて。へんなの。うそ。なかなか、かっこいいじゃん。


「よし、光乃。ちょっと打ちに行くか」


生意気に兄を品定めしているところに、とつぜんの提案。


「こんな話してたら久々に体動かしたくなったワ」


元球児は当時とまったく同じ顔で、ニカッと歯を見せて笑った。


1キロほど離れたところにあるというバッティングセンターへ向かうあいだ、議題となったのは4年前の夏の大喧嘩について。

兄は、妹が放った凶器のひとつひとつをキッチリ覚えていた。自業自得、うそつき、腑抜け、エトセトラ。
わたしだってキッチリ覚えてる。正確には昨晩思い出したんだけど。おまえになにがわかるんだよって部外者扱いされたこと。

ほんとにキツイ喧嘩だった。後にも先にも、あれだけ声を荒げて、くるったように泣いて、おにいとぶつかることはないんじゃないかな。

でも、しんどかったけど、ぶつかれてよかったと思う。きっと必要な儀式だったんだ。
いま、こんなふうに笑いあうために。同じようで違う、それぞれの傷を共有するために。


おかしいな。けっこうな覚悟を決めて謝りに来たはずなのに、なんで笑い話になっちゃってるんだろう。

おにいがげらげら笑うからだ。怪獣みたいな顔してたよなって、笑えないジョークを添えて。
最高の思い出みたいに話すからだ。