「いま、野球部のチアリーダーをやってる」
なんでこんなこと言おうと思ったんだろう。
目の前にあるのは、まじめに澄んだ、わたしと同じ形の奥ぶたえの目。
「めちゃくちゃ楽しいんだよ。信じられないくらい……」
咀嚼をやめたおにいの喉が上下に大きく動く。
「すごく、野球が好きなんだ」
心のいちばん奥に、ひとつのダイヤモンドが、ずっとずっとある。美しく、強く、とても痛い想いだ。
野球が好き。
一度どろどろに汚れてしまった輝きを誰かに見せることがこんなに苦しいなんて思いもしなかった。
ふわりと、頭のてっぺんに乗った温もりは以前よりずっとやわらかかった。
もう、ピッチャーの手じゃないね。ずっとボールを握っていない手のひらは、こんなにもやさしい手ざわりに変わるんだね。
「……ごめんね。おにいのグローブ、捨てちゃった」
「大丈夫。捨ててないよ」
おにいはちょっと笑って言った。
「あんな大事なもん、捨てられるわけない」
ゴミ箱から拾った、って。あっけらかんと言うおにいは、もう4年前の夏にいないんだなって思う。
「よかった。光乃が野球を好きでいてくれて。いま、野球の傍にいてくれて」
とびきり優しい語気は、以前とは違う場所から言ってるみたいな響きがして、さみしい。
最高の投手は本当に野球をやめちゃったんだ。もう、別の場所にいるんだ。
そしてたぶんもう二度と戻ってこない。
おにいはいまも、好き? 野球が好き?
聞きたくて、聞けなくて、でも噛みしめるように言った台詞が、ぜんぶ答えのような気がする。