「いきなり来てゴメン」


率直な謝罪をしたわたしにおにいは少し意外そうな顔をした。それからかすかに笑み、いいよと軽く言った。


「朝メシ食った? 実憂がおにぎりつくってくれてる。いっしょに食う?」

「……食べる」


妹が突拍子もなくやって来た理由を、兄は聞かなかった。かわりにいろんな話をしてくれた。大学のこと。就活のこと。彼女のことも、ちょこっと。

とてもおいしい塩昆布おむすびをつくる実憂さんとは、大学の授業で出会ったらしい。でも詳しいなれそめは頑として教えてくれなかった。つまんない。


就活は順調だって。本命の会社の最終面接が金曜に控えているらしく、やべえやべえとうるさかった。でもぜんぜんやばそうに見えないの。
指摘したら、「だって内定もらえるもん」ときた。その自信はどこから湧いてくるんだろう。あんまりおにいっぽいので笑ってしまう。

ああ、変わらないな。

ほんとに、変わってないかな?


おにぎりをちまちまと口へ運びながら、おにいが現役だったころをなんとなく思い出してみる。ぜんぜん、しっくりこない。おにいって高校時代はどんな顔してたっけ?

肌はもっと日に焼けていて、髪はこんなにフサフサしていなくて、体は大きくふくらんでいた。わたしにとって村瀬隆規はずっとそういうイメージだったはずなのに、いまとなってはなんだかそっちのほうが嘘みたい。


シンプルなこの部屋に、かつてすべてを捧げていたものの片鱗はいっさいなかった。

おにいはぜんぶ置いてここにやって来たんだ。ゴチャゴチャしたあの6畳間に、すべての思い出を閉じこめてきたんだ。