「はじめまして! 光乃ちゃん、だっけね? 小林実憂(ミユ)っていいます。よろしくっ」
女性らしい見た目とは裏腹にサバサバした口調で言うと、彼女はぱっとわたしの右手を取った。夏なのに冷たい指先、しなやかな白い手。まさに年上の女性という感じの感触。
どきどきしながら目を上げてすぐ、微笑む美女と視線が合った。どこか懐かしむようなまなざしが不思議で、わたしも逸らせずにいると、その視線は前触れもなくすとんと落ちていったのだった。
「ああ、ごめんっ、わたしもうバイト行かなくちゃいけないんだ。じゃあ、またね、光乃ちゃん」
細い手首で上品に輝いているピンクゴールドの腕時計で時間を確認するなり、ミユさんはあわただしく行ってしまった。黒のパンプスがコンクリートを打っていく気持ちいい音が響きわたる。
握手の姿勢でフリーズしたまま、小さな背中をぼんやりと見送った。コバヤシ・ミユ、それ以外になにも聞いてないけど、おにいの彼女……で、いいのかな?
そういやわたし、なんにもしゃべってないな。ニコリともしてないかも。不愛想な小姑だと思われていたらどうしよう。
「光乃ちゃんっ」
いきなり声がして、はっとして手すりから身を乗りだすと、ミユさんがすぐ下でひらひらと手を振っていた。
「会えてうれしいよ。ずっと会いたいと思ってたの。光乃ちゃんのこと、隆規くんから聞いてたんだ。物語みたいにしてね」
「あのっ。おにいの、彼女ですか?」
もうわかりきっていることを訊ねたのは、依然として無言でいるのはさすがにきまりが悪くて、けれどなにをしゃべればいいのかわからなかったから。
ミユさんは少し驚いたような顔をして、それからちょっと頬を染めると、少女のようにウンとうなずいた。
「なんか、彼女ってこそばゆいね」
くすぐったいのをこそばゆいと言う癖があるのはおにいだ。
ミユさんはすごくおにいのことを好きなんだって、その瞬間なぜだか強烈に思った。ふたりはどれくらいつきあっているんだろう。
「隆規くんまだ寝てるんだけど、起きて、光乃ちゃんがいたらびっくりするかもね。あの兄貴、妹に嫌われてると思ってるみたいだから」
おかしそうに言い残し、彼女は今度こそ本当に行ってしまった。うしろ姿を見えなくなるまでぼんやり眺めた。
きらきらに色づいた指先がきれい。ぴんと伸びた背筋がきれい。シンプルなタイトデニムを着こなす姿は圧倒的に素敵だった。
おにいの恋人は、ロングの黒髪がよく似合う。