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往復の交通費にプラス5千円くらいを財布に入れて、小さなショルダーバッグを右肩に引っかけて家を出たのは、始発が行く少し前だった。

夏の朝はこうこうと明るい。黄色とオレンジのみを混ぜた世界は普段の何倍も輝いているように見えた。まだぜんぜん人がいないせいで、あまりに静かで、街は泣きたいくらい美しかった。


ウチからおにいのところまで、新幹線と特急を乗り継いで3時間ちょっと。少しだけ寝るつもりが、目を覚ますとまったく知らない景色に変わっていたので驚いた。

不思議な気持ちでぼうっと窓の外を眺める。終点のアナウンスを聞いて、あわてて下車する。

ホームを足裏ぜんぶで踏みしめ、肺いっぱいに息を吸いこんだ。

空気が違う。景色が違う。人が違う。
ここが、おにいの住んでいるところなんだ。


たまに迷いながら住所にしたがって着々と歩を進めた。やがて、薄い水色の壁のマンションが視界に飛びこんできたとき、はじめて心臓がメチャメチャに暴れだした。

2階の角部屋、204号室……、唱えながら階段をゆっくり上り、ドアの前まで進む。知らず、忍び足になってしまう。

ドアノブに置きかけた手を引っこめ、インターホンに人差し指を添えた。そういえば、来るってこと伝えてないけど、おにいはいるのかな? いまさらな疑問がぽんっと浮かんで急にやる気がなくなる。


まさにそのときだった。黒いドアがものすごい勢いで開け放たれた。条件反射で、コッチもものすごい勢いで後ずさりしてしまう。

実の兄貴に会うのにこんなに過剰反応してしまう自分が恥ずかしい……と思いつつ顔を上げると、そこにはぜんぜん知らない女の人がいた。びっくりしたように目をまんまるにして、じっとわたしの顔を見ている。


誰? あれ、もしかして住所間違ったかな?
それともおにいの――


「……あっ。妹ちゃん」


その人はとつぜん思いついたように言って、それからとても親しみのこもった笑顔をこちらに向けた。


「目元がそっくり!」


胸のあたりまであるやわらかそうな黒髪がふわっと揺れる。同時に、香水のたぐいじゃない、いいにおいが漂ってきた。

とても、きれいな人だ。