ウチに帰るまでずっと、なぜか、おにいのことを考えていた。ほとんど曖昧な4年前の夏の記憶、その輪郭が、一歩を進むたびにたしかな線となって心のなかによみがえってきたのだ。

あのとき、そう、あのときも、わたしは恐ろしいほど勝手で。

一方的におにいを責めた。メタクソに言った。もう使われることのないかわいそうなグローブをゴミ箱に捨ててしまった。

そのときのおにいの気持ちなんて知らない。わかろうとしていなかったし、たぶんわかりたくもなかった。おにいがどんな思いで、どれほどの痛みをこらえて投げていたのか、そんなことはどうでもよかった。

とにかく、裏切られたという気持ちでいっぱいだった。

おにいの夢は、同時にわたしの夢でもあって。ふたりで大切に育ててきたそれを一方的にぶっ壊されたことにどうしようもなく腹が立った。死にたいくらい悲しかった。

でも、おにいはもっと、もっと、そんな形容ではとても追いつかないくらい、悲しかったんだろうな。


玄関のドアを開けた瞬間にものすごい平手打ちが飛んできた。こんな時間まで帰らなかった娘に母親はガミガミ怒った。ふだん早寝の父親もコワイ顔をして起きていた。

頬が痛かった。心が痛かった。当然の報いだと思った。

なんてことをしでかしたんだろう。4年前も。今夜も。なんて、なんて、勝手なやつなんだろう。

それでも、こんなわたしを叱ってくれて、ありがとう。


煮立った感情の鍋がひっくり返る。涙腺が壊れている。感情が壊れている。


「お兄ちゃんに会いたい」


しゃくりあげながら訴えた。怒りでいっぱいだったお母さんの顔色が変わった。お父さんが目を見張った。


「お兄ちゃんに謝りたい」


ああ、おにいをこんなふうに呼ぶのは、子どものころ以来だね。

いきなり、温もり包まれていた。さっき頬を打った手のひらが優しく背中をさすってくれていた。

子どもみたいに声を上げて泣いた。びいびい泣いた。


「お兄ちゃんは、もう、ミィのことなんか嫌いかなあ」


そう、幼いころ、おにいはわたしをミィと呼んでいたんだ。もうずっと昔のこと。ずっとずっと、忘れていたことだ。


「ミィのこと嫌いだから、野球やめちゃったのかなあ」


わたしを抱きしめている両腕に力がこもる。頭の上に、ホネホネした手のひらが乗っかる。

いつもコワイお母さんがくぐもった声で謝っていた。いつも寡黙で無表情なお父さんが、優しく頭を撫でてくれていた。