「いっしょに、行きたいんです」
膝に置いていた指先にかたい手のひらがそっと触れた。とても、ひかえめに。少しの迷いを見せながら。
「春日さんと。市川さんと。涼さんと。……光乃さんと。いっしょに行きたいです、甲子園」
反射的にその手をぎゅっと掴んだ。理由のわからない涙がつながった手の上にぼとぼと落ちていく。イヤイヤと、子どもみたいに首を振る。
「光乃さん」
「いやだ……」
「大丈夫です。おれの右足は壊れないです」
なんの根拠もないよ。保証もない。わたしは、ダメだった事例しか、知らない。
大好きな野球をしている朔也くんが、わたしは好きなんだ。だからずっとそうであってほしいんだ。そう伝えたいけれど上手な言葉が出てこない。そんな自分勝手なこと、とても口にできない。
「泣かないで」
朔也くんは年上のような声で言った。
「『がんばって』って、もう言ってくれないですか?」
それから、年下らしい声でつけたした。
わたしはそれでも首を横に振り続けた。なんにもしゃべれない。流したくもない涙が勝手に流れ出てくるだけだ。それは、ひとつ年下の男の子を困らせるばかりだった。
悲しみとか憤りとか恐怖とか、あらゆる負の感情をまるごと鍋につっこんで煮詰めているみたい。
ぐらぐら煮立つそれを胸の真ん中に抱えたまま家路をたどった。送りますと言われたけれど断った。優しい少年が発するすべての気遣いの言葉を拒否した。そんなものはいらなかった。次の試合には出ないと、治療に専念すると、ただ約束してほしいだけだった。
別れ際、朔也くんはなにか言いたげに足を止めた。
わたしは足を止めなかった。振り向きもしなかった。最後まで、嫌になるほど自分勝手だ。