「大丈夫です」
まだ質問すらしていないのに、間髪入れずに飛んできた答えは、まるきり反対の意味に聞こえた。
思わず顔を上げる。視界の端っこに見えた右足は、痛々しいほど頑丈なテーピングがしてあった。
「うそだ……」
「嘘じゃないです。きょうもちゃんと最後まで試合出れました」
「それは無理してたからでしょう?」
「違います。見てなかったですか。おれ、ちゃんと走れます」
お互いにむきになっていた。こんなふうに喧嘩をしたかったわけじゃない。でも、なんでだろう、ダメだ。どうしても、どうにも、イライラしてしまう。
たぶん、心に引っかかっているのは右足のことだけじゃないからだ。
涼と柚ちゃんの顔が浮かんだけれど、振り払うように質問をぶつけた。
「監督さんはなんて言ってるの? なんて、言ったの?」
負傷の少年は黙りこんだ。澄んだ白い海のなかで、茶色の瞳がぐらりと揺れた。
ああ、やっぱり止められたんだな。当たり前だ。こんな宝みたいな選手をつぶすようなまね、ふつうの監督ならぜったいにしない。
「……行かせてくださいって、おれが言いました。決勝も出ます。ぜったい出ます」
「バカ言わないでっ」
高校球児はみんなバカだ。おにいも。市川も。朔也くんまで。まるでなにもわかっていない。なにも、わかろうとすらしてない。
「取り返しがつかなくなったらどうするの? 仮にあさっての決勝で勝てても、そこでぶっ壊れたら全国には出れないかもしれないんだよ。後遺症が残れば来年以降はおろか、その先だってなくなっちゃうんだよ。朔也くんは最後の夏じゃない、来年だってある、だからいまは」
「来年はないです」
揺れていた茶色のビー玉がぴたっと止まり、わたしをとらえた。泣きながら怒っているぶさいくな顔が真ん中に映っている。
「約束しました。甲子園に行くって。光乃さんは、来年、いないじゃないですか。卒業するじゃないですか」
まっすぐな言葉をぶつけられて、あんまり不意うちでぶつけられて、たじろいでしまった。