どうして、きのう、わたしはここへ来なかったんだろう。きっと朔也くんは来たはずだ。ぜったい来たはずなんだ。倉田朔也くんはそういう男の子だと思う。
優しくてまっすぐで、野球を大好きな男の子。
それが、わたしの、好きな男の子。
「光乃さん」
どれだけ泣いていたんだろう。まぼろしみたいな声が降ってきて、引き上げられるように視線を向けると、そこには同じくまぼろしみたいな顔があった。朔也くんは心配そうに眉を下げ、わたしの表情を遠慮がちに覗きこんでいた。
「大丈夫ですか?」
はじめてここで会ったときと同じ台詞を、ぼんやりな頭のまま他人事のように聞く。
朔也くんは、わたしの目の前に跪くようにしてしゃがみこんだ。目線が同じになる。まぼろしなんかじゃないって、ようやくそこでわかる。
「なんで……」
かすれた涙声が、情けなく口から落っこちた。
「おっちゃんから連絡ありました。それと春日さんからも……」
「春日?」
「原さんから連絡あったみたいです」
和穂に連絡をしたのはお父さんとお母さんだってすぐにわかった。携帯を見るともう22時半をまわっている。
憂鬱な気持ちになった。帰ったらメチャメチャに怒られるんだろうな。いや、もう、怒られもしないかな。ウチでのわたしの立場は無いに等しい。
「こんな時間に、こんなところで、なにしてるんですか」
声色にかすかな憤りを感じた。朔也くんがこんなふうな口調になるところははじめて見るので、ちょっと、びびる。
「……ごめん、待ってた」
「おれ、きょう、来ました。きのうも来ました。ずっと待ってたのはおれのほうです。時間外は、ルール違反じゃないですか?」
こんなふうに怒られて、めそめそ泣いちゃうなんて。こんな醜態さらしちゃうなんて。ただのガキ。先輩としてのメンツまるつぶれ。そんなことより、わたしの勝手で迷惑かけて、最低。
ぽろぽろ落ちる涙がいたたまれなくて、もういちど膝に顔を埋めた。めんどくさいやつだなって自分で思う。いっそ帰ってくれたらどんなにいいか。
でも、どうしても話したいことが、あるんだ。
「……みぎあし」
涙でぐずぐずな声のままつぶやいた。