ワンナウト三塁というこのチャンスに、スクイズは決まらなかった。セカンドフライ。朔也くんは三塁から一歩も動けず、ツーアウトとなった。

相変わらずリードが大きい。心配になるほど大きい。右投げのピッチャーに幾度も牽制されては、そのたびにユニフォームを汚していく。

すでに疲れきっているのが見るからにわかる。
両足を大きく開き、上体を低くかがめて投手と打者を見つめるリードオフマンは、肩を上下に揺らしながら呼吸をしていた。袖で何度も汗をぬぐうのが目立った。


ふと、一般の観戦客の声が耳に届いた。

「今年も県ベスト4で終わりかな」


まだ試合も中盤なのになんてことを言うんだろう。あんなにがんばっているのに。選手たちは、ひとつも諦めていないのに。

たしかに相手チーム優勢の空気だった。でも、まだわからない。わからない、なにかひとつ、好プレーが出れば……。


高らかな金属音が響きわたる。少し飛距離は足りない気がした。センター前、落ちた! 

準決勝ともなると攻守ともにそろったチームがほとんどで、それはきょうの相手も例外でなく、白球を素早く拾ったセンターの動きは本当に適確だった。レーザービーム。青い芝からホームへ、矢のように飛んできた白球は、待ちかまえていたキャッチャーのミットにドンピシャでおさまった。

ほぼ同時に朔也くんのスパイクが突っこんできていた。黒々とした土を巻きあげながら滑りこんだ細い足を、キャッチャーは体当たりで防いだ。

体の大きなキャッチャーだ。体の小さなランナーだ。真正面からぶつかれば朔也くんの負けは一目瞭然だった。しかし、それを上手く利用し、隙間に入りこんでいた彼は、しっかりホームベースをとらえていた。


「セーフ!」


思わず叫ぶ。

主審が勢いよく両腕を水平に広げた。セーフだ……。ああ、セーフだ!


「和穂っ、同点っ」

「うん、うん、さっくんじゃなかったらセーフになんなかったよ!」


ぜったい、きょうで終わってたまるもんか。ベスト4で終わってたまるもんか。