3球目をバットの真ん中に当てた朔也くんはためらうことなく一塁を通り過ぎた。そして、ライトのすぐうしろに落ちた打球が二塁手のグローブに届けられるのとほぼ同時に、セカンドベースを踏んだのだった。ぎりぎり、セーフだ。

一塁打を無理くり二塁打にしてしまうって、俊足の朔也くんにしかできない芸当だな。何度見てもいちいち感動する。彼が土を蹴っていくたび、勝利の風を感じてしまう。あまりにもさらっと走るから。めちゃめちゃスゴイことをしているのに、当の本人はぜんぜんふつうみたいな顔するんだもん。

でもきょうはそうじゃなかった。“ふつう”にやってるんじゃない。

とにかく、極端にリードが大きくて。牽制されるたびに二塁へ全身を投げうつから、白いユニがもう土でどろどろになってしまっている。ぜったい進塁してやるという気迫がものすごかった。いつものそれとは少し違っていた。

もしかして、さっきお見合いしてしまったこと、そのせいで逆転されてしまったことを気にしているのかな。


センスのかたまりみたいな子だ。もちろん人並み以上の努力だって重ねているんだろう。
それでも、その上手さの理由の半分以上を、才能が占めている選手だと思う。

お見合いでエラー。あんな凡ミスを、彼はこれまでの野球人生で何度してきたんだろう?

許せないと思っているはずだ。つまらないミスをしてしまった自分のこと。とても大切な試合のなかでそれをしてしまったこと。

まわりからかなり期待されて、おごることはなくとも自分を過信しているフシはあると思う。
そういう選手を身近に知っている。自分を過信し、投げ続けて、自らの手で己をつぶしてしまったピッチャーを。


朔也くんは無理やり走った。盗塁は成功した。
けれど、サードベースを左足で踏む倉田朔也に、いつもの勝利の風は感じられなかった。