「さっくんがいなかったら光乃は迷わず藤本とつきあってたんじゃない?」


はっとする。あわててスポーツドリンクをカブ飲みした。冷たい液体がじわじわ沁みわたっていく感覚がいつもよりはっきりわかる。頭も、体も、信じられないほど熱かった。きっと夏のせいじゃない。


「そんなことないよ」


ペットボトルを脇に置きながら答えた。和穂は探るようにまじまじとわたしを見つめた。

変な汗が背中をつたう。いま体内に入れたばかりのスポーツドリンクが、胃のなかでふつふつと沸騰している感じがした。


「んー。まあ、べつにいいけどさ。ぜんぶわたしの妄想だし。光乃がなにをそんなにかたくなになってるのか知らないけどっ」


短いスカートをパンと払って立ち上がり、こっちを振り向くと、和穂は「おせっかいしてゴメンネ」と肩をすくめた。わたしはうつむいてかぶりを振った。

自分でも思う。
わたしは、なにをこんなにかたくなになっているのだろう?


5回の攻撃は九番・大森から始まった。きょうも市川は温存だ。ただ、肩の痛みはかなり引いてきているということ、決勝は先発するということを、和穂経由で聞いた。

きょう、ぜったい勝って、あさってはマウンドに立つ市川を見たい。エースの投球に圧倒されたい。


大森くんはバッティングはあまり得意じゃないみたいで、今打席も空振り三振に終わった。かわりにバッターボックスまでやって来た朔也くんは、きょうも例のルーティンをおこなうと、緊張した様子でバットをかまえた。

18.44メートル先にふてぶてしく立つピッチャー、すぐうしろでプレッシャーをかけてくるキャッチャー、真剣なまなざしで打球を待っている野手陣――あそこに立つとき、選手たちはいったいどういう気持ちでいるんだろう。

きっとバッティングセンターの打席とはまるっきり違っている。朔也くんは、いま、なにを思いながら白球を待っているんだろう。

こういうことを考えると、やっぱり少しだけさみしい気持ちになってしまう。わたしは選手たちとは別の場所にいるんだなと実感する。彼らには、彼らにしかわからないことがあって、おにいが、市川が、故障を押してでも投げたいと願ったことを、部外者のわたしが本当の意味で理解するのは一生無理なのかもしれない。