腕と足がカタカタと震えている。目には、もういっぱいに涙が溜まっていた。この女の子がどれほど彼のことを好きなのか、体ぜんぶから伝わってくる。


「光乃先輩、倉田くんとはつきあってないですか」


片方から否定されてもやっぱりまだ疑ってしまうんだな。それくらい、好きなんだな、朔也くんのこと。いっぱい不安になっちゃうくらい、大好きなんだな。どうしようもなく。

わたしは、涼に対して、こんなふうになれるかな。


「つきあってないよ」


なるだけ元気に答えたはずが、声がかすれてしまう。

泣いてしまうのを精いっぱい我慢している顔が祈るようにわたしを見つめていた。


「倉田くんのこと、好きじゃ、ないですか」

「……好きじゃないよ」


それは、心臓を小さな針で刺されたみたいな痛みだった。心にあいたかすかな穴に、ぴゅうと風が吹きこんでくるようだった。


「あの、まだ……返事は、もらってないんです」


とうとう柚ちゃんは泣きだしてしまった。


「倉田くん、ものすごく困った顔してて。それがいたたまれなくて、考えてほしいって言って逃げました。倉田くんがわたしをなんとも思ってないの知ってます。なんとも思ってない女の子とつきあってしまうような人じゃないのも知ってます。だから答えはわかってるんです、でも、それをほんとに聞くのが、こわいです……」


こういうとき、ロクに恋愛してきてない先輩というのは無意味な存在だな。泣いている後輩になんと声をかけたらいいのか見当もつかない。

ただひたすらに、これが恋をする女の子なんだというのを痛烈に感じていた。ぽろぽろ涙を落とす女の子の小さな胸には、痛いほどのまぶしさがあった。


涼も、振られるのをこわいと思ったりするのかな。あの飄々としている男も、こんなふうに、たくさん悩んでくれたのかな。

怒りながら伝えてくれた気持ち、ないがしろにはできない。あんなに怒っていたのはそれだけ真剣だったということだ。


その夜は、どうしても、バッセンに向かうことができなかった。どんな顔をしていけばいいのかわからなかったんだ。

朔也くんはきょうも来ているだろうか。
いつまでも現れないわたしのこと、どうしたんだろって思ってくれてたりするんだろうか。

ふっと、グラウンドで目を逸らされたときのことがよみがえった。冷たい風が心の穴を通っていった気がした。

目を閉じると、涼と柚ちゃんの顔が交互に浮かんで、眠れなかった。