柚ちゃんに話しかけられたのは自販機でジュースを買っているときだった。どこか神妙な面持ちで「これからお時間ありますか」と言われたのには多少びびったけど、時間はあるので、うなずいた。
「よかったら、いっしょに帰ってくれませんか?」
ふたりで、ということらしい。こんな誘いを受けるのははじめてだったので驚いたが、断る理由もないので承諾した。
着替えに行った柚ちゃんのうしろ姿を見送りながら、和穂がおもしろそうに「さっくんのことかな」と耳打ちしてくる。なんとなくそんな予感はするけど、さあ、と笑っておいた。
柚ちゃんもきっと、朔也くんとわたしの関係を疑っているんだろう。人一倍気になっているに違いない。おとといの放課後、たぶん、あの場にいたんだと思うし……。
柚ちゃんにも、とても悪いことをしてしまった。
和穂たち3人と別れて手持ち無沙汰になったわたしは、なんとなく生物室へ向かった。北舎1階の端っこにある教室のなかに、ちょっと顔を見たいなと思っていた人物はいた。メチャメチャかったるそうに仕事してやがる。
軽く窓を叩く。すぐにコッチに気づいたゴンちゃんは、ものすごく迷惑そうな顔をしながら窓際までのっそりやって来た。窓が開いた瞬間、エアコンの冷風が心地よく頬を撫でた。
「なんだ、夏期講習か?」
言いつつ、煙草をくわえて火をつける。ふだん生徒の前では喫煙しないくせに、わたしのことぜったいナメてるな。
「チガウチガウ。野球部見に来てたんだよ」
ゴンちゃんは興味なさそうに、空気を押しだすような返事をした。いっしょに白い煙がもわっと広がる。すごい苦いにおいだ。こんなののどこが良くて吸っているんだろ。
頭に浮かんだ質問をそのままぶつけると、「ガキにはわかんねえよ」といじわるく笑われた。じじいめ。
「あのさ。和穂と仲直りしたよ」
「そりゃ、よかったな」
「反応薄いね?」
「どんだけぶつかりあっても大丈夫なやつっているんだよ。こういう仕事やってるからな、それくらい、見りゃわかる」
本当かな。
「じゃあ、誰が誰を好きとか、誰と誰がつきあってるとかも、わかる?」
ゴンちゃんは半分ほどの長さになった煙草を右手に持ったまま、ちょっと驚いたようにわたしを見た。なんとなくばつが悪くなって目を逸らしてしまう。