ご両親にまで『ウサギのお姉ちゃん』と認識されていたので簡単な自己紹介をしつつ、応援部隊から離れた場所へ移動する。
『野球のお兄ちゃん』のことも話した。夢中で、たくさん話した。名前、ポジション、打順、ほかにもいろいろ。すごく上手な選手なんだってことは、ついつい力説してしまった。
ちょうどノックが始まったので背番号を教えると、ねねちゃんはびっくりするほど大きな声で「さくやくん!」と叫んだのだった。幼い声というのは妙に響く。
背番号6の視線がきょろきょろとスタンドを泳ぎ、やがてこちらに焦点を定めた。まわりなんかおかまいなしにブンブン手を振る少女の姿を認めると、朔也くんはちょっとはにかみながらも大きく手を振って答えてくれた。
「ゴラァ、朔也! よそ見するんじゃねえ! きのうからナメてんのかてめえ!」
うわ、野球部の監督さんというのはどこもおっかないな。
きのう、グラウンドに戻ったあと、朔也くんはやはりさんざんシボられたらしかった。
勝手に練習を抜けるとは何事だ、事情は知らん、やる気がないならやめろ、あしたはスタメンから外す、レギュラーからも外す、引退まで試合には出さん、エトセトラ、エトセトラ……。
いつものバッセン、いつもの140キロレーンで軽快に白球をかっ飛ばしながら、彼は他人事のような口調で語っていた。
だからきょうは体力温存せず打ちまくります、と笑っていたけど、ノックの様子を見る限りふつうにスタメンなんじゃない? 大丈夫なのかな。
なんか、やっぱりおもしろいよなあ。どうしても憎めないんだよなあ。監督さんも、きっとそうなんだな。
ふと、セカンドの位置で守備練習をしている涼が目に入った。試合前には必ずメッセージのやり取りをしているのが、昨夜はなんの返事もなかったことを思い出した。
ちょっと心配していたけど……いつも通り、かな。大丈夫だといいんだけど。
やがてノックが終わり、ねねちゃんファミリーはバックネット裏から応援すると言って移動していった。
朔也くんが打席に立つときは特にいっぱい応援してあげてほしいな。うしろからねねちゃんの声が聞こえてきたら、きっとなによりもの力になると思う。
持ち場に戻るとすぐにエール交換だった。和穂と話す時間がなくて、あせったし、同じくらいほっとしてしまった。
最低だな。こんなだから、ビンタさせちゃうんだ。泣かせちゃうんだ。