真っ赤なランドセルと、ピカピカの黄色い帽子が見える。完全に足を止めた朔也くんは、まだ少し遠い場所にあるその二色をじっと見つめていた。

とても信じられないという瞳。いきなりグラウンドで名前を呼ばれたときよりもずっと戸惑っているような横顔は、こんな奇跡はぜったいにありえないと言っているみたいに見えた。

でも、どうかこんな奇跡があってほしいと、切望しているようにも見えた。


「……ねねちゃん」


ぽつりと名前をつぶやいた声は消え入りそうなほどかすかで、けれど少女は答えるように視線を上げたのだった。

とたん、ぱあっとその表情が明るくなる。大きなランドセルが少女の背中でふわりと舞う。バタバタ、幼い足が無邪気にこっちへ向かってくる。


「ヤキュウのおにいちゃん!」


いつも天真爛漫なたれ目が、ぐにゃりと形をくずしたのがわかった。


「ヤキュウのおにいちゃんっ、ホンモノだあ!」


汚れたユニフォームにかまわず飛びこんでくる体を、日焼けしたふたつの腕はしっかりと受け止めた。


「……ねねちゃん……?」

「うん、ねねだよ! おにいちゃん、あのね、おまもりスゴイんだよ! ねねのことまもってくれたの!」


交通事故に遭ったこと。でも軽傷だったこと。それはぜったいにお守りのおかげだってこと。ねねちゃんは興奮したままいっきにしゃべった。

朔也くんはなにも言わないで、相槌も打たないで、アスファルトに膝をついたまま、うつむき、体を震わせ、輪郭をたしかめるように少女を抱きしめていた。


「だから、おにいちゃん、ありがとうっ」

「……うん」

「おにいちゃん」


朔也くんは呼びかけに答えない。いまはとても、答えられないのかもしれない。


「おにいちゃん、ないてるの……?」

「……泣いてないよ」


うつむいたまま朔也くんは言った。


「無事でよかった」

「うんっ。ねね、ブジだよ」


ぽた、ぽた、アスファルトに黒いシミができていく。


「ほんとによかった……っ」


――まだまだ『詰み』じゃない。

ゴンちゃんの台詞がよみがえる。

生きていれば、前に進んでいれば、かけがえのない瞬間が訪れることが本当にあるのかもしれない。こんなふうに。思わぬタイミングで。
『性格ワリィ神様』は、スペシャルなプレゼントをくれることがあるのかもしれない。


足の裏に根っこが張ったように動けなくて、蛇口が緩んでるみたいに涙があふれて止まらなかった。

輝きに満ちた未来はもうすぐそこにあるのだと思った。そして、それと出会うには、自分の足で歩いていかなければならないのだと思った。

夏から夏へ、こわくても、痛くても、たしかに歩みを進めてきたこの少年のように。