「イッチーはぜんぜん軽いって。ほんとに、ドクターストップもかかってないらしいし」
さっきの発言をまるごと上書きするように、和穂が早口でまくしたてた。
中1のころからずっと仲のいい和穂は、おにいのことも全部知っている。おにいが肘に致命傷を負ってしまったこと、そのせいでもう二度と野球ができなくなってしまったこと、それから……。
あのころのこと、あんまり覚えていない。和穂のほうがよく覚えてくれているんじゃないかと思うくらい、記憶の輪郭はすべてぼやけていて、あやふやだ。
たくさん泣いたことは覚えている。たぶん、絶望の真ん中にいたと思う。おかしいな。おにいのほうがよっぽど絶望ド真ん中だったと思うのに。
あのときわたしは、おにいになんて声をかけたんだろう?
おにいはなんて言ったんだっけ?
気持ちのいい金属音がした。バットがボールを打った音、なつかしいこの快音が、電流のようにびりびりと体中を駆けめぐっていくのがわかる。
三遊間、打球の勢いを見るに、ヒット性の当たりだと思った。
すごい! いま打ったのが誰かは知らないけど、市川の剛速球を打ち返すなんて。一軍からいきなり安打をもぎ取るなんて。
しかし、ビュッと信じられない速さで現れた小さな影が、ものすごい勢いで転がる白球を素早くすくい上げると、これまた信じられない速さで一塁へと送球した。
無駄のない動き。
狂いのない送球。
いまのは……いったいなんだった?
「ナイス、倉田っ」
いつもよりいくぶんシャキッとした涼の声が届く。
いまのが、2年生ショートの倉田くん。
涼の相方、鉄壁の遊撃手、ちっこい、くらた・さくや。
「うまっ」
思わず口からこぼれ落ちた。
倉田くんは、ぴょこんと立てた右の人差指を胸の前で揺らしながら、照れくさそうに笑っていた。
ワンナウト。
いまのはヒットになっていてもぜんぜんよかった。ぜったいよかった。見かけによらず、容赦のない子だ。