もう半分ヤケでやった。こうなったら隅から隅までピカピカにしてやる。文句ひとつ言えないくらい。もう二度とイチャモンつけられないくらい。


「掃除するとスッキリするだろ?」


どれくらい経っただろう。吸殻を携帯型の灰皿に突っこみながら、ゴンちゃんはニヤリとして、いきなり言った。


「ぜんっぜん」


ふるふると首を横に振る。ゴンちゃんは笑った。


「村瀬はむずかしいやつだよ」


よくわからない。その言葉のほうがよっぽどむずかしいよ。


「まじめな生徒だと思うよ」

「バカにしてんの?」


チガウという、あまり違わなさそうな返事。


「村瀬はさ、物事のひとつひとつをてきとうに考えられねえんだな。一個ずつバカまじめに、真正面から向きあっちまうんだな。無視できねえんだな」

「……なにそれ」

「きのうご両親が来たよ。おまえの兄貴のこと聞いたよ」


ゴンちゃんは胸ポケットからメタリックブルーの箱を取りだすと、もう一本煙草を引っぱりあげて先端に火をつけた。そこらへんに売っている100円ライターがすごくウチの担任ぽい。


「なにそれ、知らない。いつ?」

「おまえが球場で踊ってるころかな」


ぜんぜん知らなかった。きのうも、いつもと同じようにお父さんは仕事に行って、お母さんはパートに出かけたものだとばかり思っていた。

あれから……あの大喧嘩からロクに会話していないし、知らなくて当然か。お父さんとお母さんの顔すらまともに見ていない気がする。


「すごいピッチャーだったんだって?」


興味なさそうな声。たぶん、野球はあまりわからない人なんだな。


「ケガしてダメになったんだってな」


そんな言葉が、まだ、氷柱のように冷たく心につき刺さる。

わたしはおそるおそるうなずいた。ゴンちゃんはなにも言わないで煙だけを吐いていた。ふいっと目線を逸らして、それからずっとこっちは見ない。


不思議なセンセーだ。

長年の友達みたいな感じがする。それでいて、人生の大先輩のようにも思う。
大嫌いだし、大好きで、うっとうしいのに、かまってほしい。
こんな先生ってほかにいないよ。

ゴンちゃんは、どうして教師になろうと思ったんだろう?