これだからピッチャーは嫌なんだ。高校球児は、嫌なんだ。最後の夏がすべてだと思ってる。


「こんな一瞬のために将来をぜんぶ棒に振っていいわけないっ」


泣きそうだ。泣かない。ぜったい泣いちゃダメだ。


「『こんな』じゃない。大事な一瞬だよ」


わかってる。市川の気持ち、ちゃんとわかる。おにいの気持ちもわかってた。

それでも、わたしは、おにいがその先の未来を掴む瞬間を見たかったんだ。


「光乃」


和穂の細い指が肩を引っぱった。もともと色白なのが、夏は野球観戦ばかりするせいで信じられないほど真っ黒になっている。今年はわたしも人のこと言えないけど……。


「いまね、監督さんと健太朗とイッチーとで、あとの試合どうするか相談してる最中なんだって。今朝も朝練は出ずにそのこと話しあってたんだよね?」


和穂が確認するように恋人を見上げると、彼は長いまばたきをしながらうなずいた。


「ダメだよ」


今度は春日に向けて言った。春日はウンともウウンとも言わないで、困ったように笑った。

捕手なんだからしっかりしてよ!
春日がいちばん、投手としての市川のことをわかってるはずでしょう?


「春日も、監督さんも、市川のことつぶす気なの?」

「光乃っ。いいかげんにしなよ」

「だってっ……」

「イッチーはタカくんじゃない」


そんなことわかってるよ。


「いつまでそうしてるつもりなの?」


震えた声だった。はっとして声のほうに視線を移すと、和穂は怒ったような、泣きそうな顔をしていた。


「光乃はいつまで、タカくんの亡霊を追いかけて生きるつもりなの?」

「……そんなんじゃない」

「ううん。光乃はぜんぶぜんぶタカくんと重ねてる」

「ちがうっ」

「違わないっ」


細い指先に両肩をつかまれた。伸ばした爪が食いこんで痛かった。