「わたし、市川のピッチング好きだよ。すごいピッチャーだと思う」


おどけて言ったつもりだったのに、思ったよりまじめな響きになってしまった。

市川が目をまるくする。こんなことをわたしに言われるとは夢にも思っていなかったんだろう。わたしも、こんなこと言うつもりなかった。


「大事にしてね」

「え?」

「肩、痛めてるって」


市川の瞳に戸惑いの色が浮かんだ。表情がくもった。べつにカマをかけたわけじゃないけど、もしかしたらわたしが思うよりずっとヤバイのかもって、直感的にわかってしまった。

わかるよ。
肘の痛みをごまかしていたおにいと同じ顔をしたから。

きのうの試合で肩を押さえていた姿がパッとよみがえる。


「けっこう痛むの?」

「いや、大丈夫だよ」


エースは笑って答えた。でも、いつもの大口を開ける笑い方じゃなくて、ぎこちなく微笑む笑い方だった。

『大丈夫』はきっと嘘。


「ダメだよ」


どうしても、語気が強くなってしまう。


「ちゃんと治療しないとダメだよ。ごまかして投げ続けてたらほんとにぶっ壊すよ。そしたらもう野球できなくなるんだよ」

「わかってる」

「わかってないっ」


デカイ声が出てしまった。和穂と春日が会話を中断し、こっちに視線を向けたのが視界の端に見えた。


「市川はこれからも投げ続けていかなきゃいけないピッチャーなんだ」


これからもっと、もっと、成長できると思う。高校野球の先だって、もしかしたらあるかもしれない。この夏が最後じゃない。そうであってほしい。

いや、そうじゃなくちゃいけない。


「……俺ら、最後の夏なんだよ」


どうして、おにいと同じことを言うんだろう。

どうして、大切なことがわからないんだろう。