「あ、健太朗っ」
隣を歩いている和穂がいきなり声を明るくした。はっとして、火照った顔をパタパタと仰ぎつつ視線を上げると、ウチの正バッテリーが数メートル先にいた。
こうして見るとふたりともけっこうデカイな。グラウンドの外でならんでいるとさすがに迫力がある。
「おー、おはよう」
「おはよう」
捕手、投手がそれぞれ言った。球児はだいたいしゃべるとイカツさが半減するね。特に春日は、和穂といっしょにいるとぜんぜん別人みたいだ。
春日と和穂が話し始めたので、取り残された市川がクマのように大きな体をこっちに向けた。
「なんか村瀬と話すの久しぶりだな」
「そうだっけ?」
「そうだよ。3年になってから一回もしゃべってないんじゃね?」
市川とは1・2年が同じクラスで、涼を経由して話すことがけっこう多かったんだ。野球の話はあまりしなかったけど。
「まさか村瀬がチアやってくれるとは思ってなかったからびっくりしてたんだよ。ありがとうな」
頬をきゅっと上げ、エースは体格に似合わないかわいい笑顔を見せた。
ちょっとくすぐったい気持ちになる。選手にありがとうと言われると、応援部隊としてはやっぱりすごくうれしいものだな。
「こっちこそいつもいい試合見せてくれてありがとう。ベスト8も、おめでとう」
「おー、サンキューな。バックのおかげだよ。ほんと、安心して投げれるんだよ。大森もいるし……」
あ、意外。市川ってもっとオレサマな投手だと思ってた。
おにいもチームメイトへの感謝は決して忘れないピッチャーだったな。いつも助けられてばかりなんだって、よく困ったように笑っていた。
それでもやっぱり、俺がマウンドを守ってやってんだぞ!って気持ちもたしかに透けて見えていて。
「うん。大森くんいい投手だよね」
「ま、俺には負けるけどな」
「ウワッ、言うね」
「当たり前だろ。俺がエースなんだから」
投手ってほんとにめんどくさい!
でも、エースナンバーを背負うには、マウンドを守りぬくには、これくらいの負けん気がないと。自己主張の強さって、投手にとっては長所だ。