ゆっくり上がってきたふたつの目と視線が絡む。
「最後まで、応援してくれますか? スタンドから見ててくれますか?」
いやだって言う理由がどこにあるんだろう。大きく大きくうなずく。心をこめて。
朔也くんはほっとしたように、かたく結んでいた口元をふっと緩ませた。
「おれたちは甲子園に行きます」
4年前の夏に置き去りにしてきたものを、いきなりぐっと胸に押しつけられたような気分になった。
『行きたい』じゃない。『甲子園に行く』、それは夢物語じゃないみたいな響きにも聞こえる。
ああ、ほんとに、夢物語じゃないんだ……。強い瞳がそう語っていた。
「涼さんも、春日さんも……おれ、先輩たちのことすげー好きなんです。だからできるだけ長くいっしょに野球したくて」
「うん」
それ、春日が聞いたらきっと泣いちゃうな。涼が聞いたら鼻で笑うだろう。めちゃくちゃうれしいのを隠すためにそうしたあとで、小さな頭を力いっぱい抱きしめるだろう。
「光乃さんとの夏も、終わらせたくなくて」
まっすぐに見つめられているから、涙腺が緩みかかっていることはきっとバレている。
わたしってこんなに涙もろかったっけ。泣かないほうだと自負しているんだけど。
夏はダメだな、やっぱり。
「おれにできること、精いっぱいやります。死ぬ気でやります」
凛とした声、しゃんとした背筋。朔也くんは前に進もうとしているのだと思った。
それは、去年の夏を忘れてしまうのとは違う。過去に置き去りにするのとも違う。
わたしも、こんなふうにできるかな。4年前の夏から少しずつでも進んでいけるかな。新しい夏に飛びこんでいけるかな。
胸に押しつけられたままの『忘れもの』を、そっと受け取ってみたいと思った。
「うん。わたしも死ぬ気で応援する。だから……甲子園に、行きたい」
朔也くんが拾ってくれた大切なものだよ。
涙はこぼしていないのに、例によってスポーツドリンクが差しだされていた。くやしいのでペットボトルのキャップをくるくるまわしながらフンと笑ってやる。精いっぱいの強がり。
「『できること』いっぱいあるね。走攻守ぜんぶじゃん。忙しいね」
「急にめちゃくちゃプレッシャーかけてくるじゃないですか!」
いっしょに100キロのレーンに入った。ふたりともぜんぜん打てなくてダメだった。朔也くんにとっては遅すぎて。わたしにとっては速すぎて。
小銭を入れていたポケットがからっぽになるまで打った。朔也くんのコインケースも底をつきた。それでも足りなかった。この時間が永遠に続いてほしいって、ポエムみたいなことをうっかり願った。
夢のかけらが心のなかに戻ってきた夜を、わたしは一生、忘れないと思う。