「試合中もめちゃくちゃ力になってました。途中で涼さんにとられちゃいましたけど……」

「とられた?」

「光乃さんです。まだ、おれ、しゃべってすらなかったのに」


口をとがらせつつおどけて言うので、こっちも笑った。

日ごと、いろんな表情を見せてくれるようになっている気がする。
無邪気に笑う顔、子どものようにすねる顔、年下っぽいやんちゃな顔、ぴりっとしたスポーツマンの顔……。

きのうの泣き顔だって、そうだよ。

そういえばわたしも泣き顔を見られたことがあったな。はじめてここで会った夜。たった数日前のことが遠い昔のことのように思える。


「……恥ずかしいんでぜったい言わないでおこうって思ってたんですけど」


さっきの軽快な口調とは変わり、この先を口にするのは気が引けるというふうに、朔也くんは言った。


「ひそかに思ってるだけにしとこうって思ってたんですけど……」

「もう、なに?」


笑いながらも急かしてしまう。いつも思ったことを率直にしゃべる子だから、こんなにもったいぶられるとなんだかそわそわしちゃう。


「おれ、光乃さん見ると、がんばれるなあって」


大まじめに言われて、こっちはどんな顔をすればいいのかわからなくなった。


「ずっと……去年の夏からずっと、ねねちゃんのために野球がんばらなきゃって思ってました。でももう違うなって、今朝グラウンドから光乃さんの顔を見たとき、思ったんです」


ひと息おくように、朔也くんはくちびるを内側へ巻きこむ。


「いまおれ、自分のために野球してるかもしれないです」


それは、希望の言葉だった。


「ほんとう?」


思わず聞き返すと、深くゆったりとしたうなずきで返された。噛みしめるように、それでもまだほんの少しの迷いがあるように。