なんで、そこにいるんだよ?

誰もが思ったに違いない。バッターは心の底から思っただろう。


彼はイレギュラーに転がるボールを素早く拾うと、体勢を立てなおさないうちにすぐさまファーストへ送球した。一連の動作そのものがまるで芸術作品のような、本当に見事な送球だった。


スリーアウト、チェンジ。

大いにバックに助けられたピッチャーが、自分よりひとまわりほど小柄なショートに寄っていく。あの市川がアリガトウと言っているように見えた。最高の守備をした朔也くんは、笑顔で首を横に振った。


「さっくんに助けられたね」


立ち上がりながら、和穂が肩をすくめて笑う。


「市川、調子悪いのかな」

「うーん。調子ってより、相手チームの打線と相性が悪いのかも?」


なだめているみたいに、大丈夫だよ、とつけたされる。
和穂は、いつもこんなふうに先回りして、あの夏からわたしを守ってくれる。


ふと、わたしはいつまで4年前の夏にとらわれているつもりなんだろう、と思った。

もしかして、死ぬまでおにいのことを考えて生きていくのかな?
おにいが現役だったころのことを、わたしがいちばん幸せだった時代のことを、大切に磨きながら生きていくのかな?

ぞっとした。
もう二度と戻ってこないとわかりきっているものを、ずっと引きずって、さがして、見つからないことを知りながら、さがして。そうして、人生を終えていくの?

『どうにもならない話をいつまでも引きずるんじゃない』
『大人になりなさい』

お父さんの台詞が頭のなかでがんがん鳴り響く。


いつの間にかグラウンドの攻守が入れ替わっていた。

「一番、ショート、倉田くん」

1・2回戦と比べてかなりクリアな音でアナウンスが入る。


せまいバッターボックスだけが妙にぴかぴか輝いているように見えた。

彼は、未来をなくしたわたしの、たったひとすじの希望だ。ずっと探し続けていたものだ。すっかり諦めながら、本当はどこかで諦めきれなかったものだ。

音楽に合わせてみんなといっしょにその名前を呼びながら、どうしてか泣きたい気持ちになった。

大切な探しものが見つかった安堵だった。
でも、それだけじゃない。それだけじゃないんだ、ぜったい。