四番が、ランナーを置いた状態でまわってきてしまった。
かなり体格のいい選手だ。当たれば大きいと思う。内野も外野もじゅうぶんに下がっている。
きょうの市川はぜんぜんテンポよく投げられていないな。18.44メートル先に座る春日と、球種やコースの相談をしては、慎重に首を振ったりうなずいたりしていた。
投手って、打たれるときはわかっちゃうらしいね。
ボールが手から外れたとたん直感的に思うんだって。あ、やばい――って。
その時間だけマジで世界がスローモーションになるんだとおにいは言っていた。打者のバットにボールがぶつかるまでのほんの一瞬、まばたきほどの時間で、まるで死刑宣告受けてるみたいだよって。
市川は、おにいとわりと同じタイプのピッチャーだと思う。球威もある、制球力もべつだん悪くない、そして、投手としてのプライドが圧倒的に高い。
打たれるのは怖いだろうな。バックが信用ならないとかでなく、打たれるという感覚そのものにあまり慣れていないのだ。
春日は強気なリードをしていた。まだ一巡目だし、逃げずに攻めていこうということなのだろう。
そして放った5球目のストレートが、バットの芯にぶち当たってしまった。
サード強襲。
いい音がした。春日が立ち上がり、市川ががばっと振り返る。はっとしたように動きだした三塁手のグラブを、勢いよく転がる白球はバコンとおもいきりはじき、へんてこりんな方向へ跳ねていった。
サードのエラーじゃない。正真正銘のヒットだ。
けれどウチには、その完璧なヒットさえも、アウトにしてしまう内野手がいる。
「ショート!」
誰かが叫ぶ。
倉田朔也は、幻のように、手品のように、三塁手の背後からいきなり現れたのだった。