そのひと言があまりに切なすぎて、私は俯いた。

なんて言えばいいだろう。そうなれればよかった? そうなれなくてごめんね? 私も好きになりたかった?

……違う、全部違う。どれも私の本心じゃない。

好きな人に好きになってもらえないことの苦しさを、私だって痛いほど知ってるよ。

でも、同情や優しさで嘘をつかれることの方が辛いんだってことも、分かってるから。

だから、私は、一之瀬君の気持ちに真っ直ぐに向き合わなきゃいけない。


「一之瀬君、星岡君に又貸しした漫画ちゃんと返してね……」

「……げ、忘れてた」

「これから受験生になるけど、離れても一緒に頑張ろうね……」

「嫌なこと言うなよ」

「一之瀬君なら、きっと志望校に受かる……絶対大丈夫」

「もっちー、あのさ、お願いがあるんだけど」


何? と顔を上げた瞬間、一之瀬君に腕を引かれ、気づくと抱きしめられていた。


「ハグしてもいい?」

「はは、行動と言葉の順序が逆だよ……」

「昨日さ、翔太からメッセージがきてさ、“望月のことハグした。ごめん”って……。だからこれはその分俺も」

「え……?」

「あいつ、本当バカだよな……そんなこと黙ってればいいのに馬鹿正直にもほどがあるよ……。俺みたいにもっとずる賢くならないと、生きていけねーぞ……」

……言葉と行動が、さっきからチグハグだよ、一之瀬君。

星岡君の悪口を言いながら、どうしてそんな泣きそうな声をしているの?

一之瀬君のふわふわのパーマが、首元で揺れる。

私は、彼の背中をポンポンと優しく叩いた。


ありがとう、ありがとう、一之瀬君。

私、一之瀬君のこと、離れても絶対に忘れないよ。


いつか本当に東京で出会えたら、高校生活の時と同じように、他愛もない話をして、笑おうね。







望月がいなくなると知ったあの日、一気に世界が灰色に見えて、気づいたら彼女を抱きしめてしまっていた。

望月を抱きしめた瞬間、彼女の中にまだ俺には言えない何かがあることを感じた。

それは、一度俺の背中に回されそうになった震えた手が、ゆっくりと彼女の膝の上に戻されたとき察した。


「ごめんね、星岡君……」


望月、君は、一体何を抱え込んでいるの?


これ以上踏み込んでいいのか分からなくて、俺は何も言わずに彼女を抱きしめ続けた。