私はカーテンを閉めて、教室の暖房の温度を上げてから、再びキャンバスの前に座った。

絵を描いている時だけはいつも心は落ち着くのに、今日はどんなに色を重ねても、心の中に小さな波がずっと押し寄せているようで。


……ふと、思い出す。

一年前のあの日、星岡君がこの教室でひとりで泣いていたこと。

私はあの時、彼の背中をさすってあげることも、涙を拭ってあげることもできなかった。

不謹慎だけれど、私はあの時恋に落ちたのかもしれない。

名前を知ったばかりの彼なのに、どうしてもあの涙を拭ってあげたいと思ったんだ。


星岡君を好きになったあの瞬間から、私ずっと胸が苦しくて、苦しくて、どうしようもなかった。


恋がこんなに苦しいものだって知らなかった。

好きな人との別れがこんなに辛いものだって知らなかった。


私はきっと、最終的に両親についていくだろう。東京へと戻るだろう。

分かっているけど反発したくて、現実から目を背けたいからあんなことを言ってしまった。

卒業したら皆バラバラになることは分かってたはずなのに、目の前にあることでいっぱいいっぱいで。


きっといつか、すべてが思い出になる。

そう思って別れを乗り越えて進んでいくには、私はまだ未熟で。


「寂しい……ここで卒業したい……っ」


心の中から搾り出た言葉が、乾いた教室に響いた。

その瞬間、教室の扉がガラッと開いた。


「あ、やっぱりいた……」

「え、なんで、どうして……」


動揺して、思わず涙もピタッと止まってしまった。

そこにいたのは、財布を片手に持って目を丸くしている、星岡君だった。

走ってきたのだろうか。彼は少し息を切らして、私に近づいてくる。

私は咄嗟にキャンバスに布をかけて隠した。星岡君には見られたくない絵だったから。

けれど彼はそんなことも気にせず、すぐそばにあった椅子に座って、私の頬にそっと触れた。


「……泣いてんじゃん」

「え、いやこれは……」

「どうしたの?」


星岡君の指は冷たくて、でも優しくて、トゲトゲしていた心が魔法みたいに丸くなっていく。

私のことを本当に心配するようにじっと見つめてくる彼に、心拍数が跳ね上がる。

ドキドキしちゃだめだ。星岡君には来栖先輩がいるんだから。