来栖先輩と星岡君が一緒に帰っているところを見たという噂が流れたのは、この次の日のことだった。







もう泣いてもいいはずなのに、いざというときに涙が出てこない。

屋上に寝そべりながら、私はオレンジ色に染まりつつある空をぼうっと眺めていた。

屋上に入ったのなんて初めてでドキドキしたけれど、頭を空っぽにするには最適の場所だと思った。


泣けばスッキリするかもしれないから泣きたいのに、こんな時に限って我慢強さが裏目に出てしまう。


転校すると両親から聞かされて、泣かなくなったのは一体いつからだっけ。

悲しいくらい、親しい人との別れに慣れてしまった。


「おめでとうって、言えないなぁ……まだ」

「もっちー、制服汚れるよ」

「えっ、うわぁっ」


独り言を呟いたはずなのに返事が聞こえた。

慌てて声がした方向を見ると、そこには一之瀬君がいて、飛び跳ねるように上半身を起こした。

彼はすたすたと私のほうに近づいて、私の腕をグイッと引っ張り、座らせた。


「あれ、意外と汚れてない」

「一之瀬君、今日部活は……?」

「もっちーこそ、サボり?」

「う、うん……」

「そっか、じゃあ、一緒にサボろう」


そう言って、彼も同じように腰を下ろして、直に座った。

夏と秋の間の、絶妙に生ぬるくて時折肌寒い風が、私たちの間を流れる。

その度に一之瀬君のふわふわなパーマが揺れて、私はそれに目を奪われた。


「……慰めに来てくれたの?」

私が言うと、一之瀬君はうーん、と煮え切らない返事をした。

「翠と翔太がどうなったか、俺もハッキリとは聞いてないけど、いきなり空気が変わったから、お人好しな誰かさんが背中押したんだろうなって思って」

「そ、そんなじとっとした目で睨まないでー」

「バカだな、もっちーは」

一之瀬君が、足元に転がっていた、小さな石ころを遠くに投げた。

石は二、三回バウンドして、ころころと転がっていく。

その様子を眺めてから、力ない声で、一之瀬君は似たような言葉を呟いた。


「バカだな、翔太は……」


その言葉の中に、一之瀬君の分かりにくい優しさが見え隠れして、胸の奥の奥がきゅっと苦しくなった。

一之瀬君、ありがとう。私の無理なお願いも聞いてくれて、本当に感謝してるよ。