望月は、少し驚いたような顔で俺を見上げて、ありがとうと呟いた。

なんだかその笑顔を見たら、どうしようもなく切なくなって、俺は気づいたら片手で彼女の体を引き寄せていた。


「え、星岡君……」

「望月、ありがとう……一緒にいてくれて」


ひとつの傘の下、彼女の肩に顔を埋めてそうつぶやくと、望月は俺の腕の中で力なく首を横に振った。

この世界には、取り返しのつかないことや、もうどうしようもないことが溢れているから、時に人は前に進めなくなる。

過去に戻れたら、そんな現象なくなるんだろうけど、そんなことはできないから。


「俺、ちゃんと翠と話してみるよ……」

「うん、応援してる……」

「ありがとう、望月……っ」


“今”が一番早いんだって、どこかの誰かが言っていた気がする。

俺も、これ以上ぐずぐずしていないで、傷つくのを恐れずに、向き合おう。


……望月は、俺のことを抱きしめ返したりはしなかった。

でも、力強い声で、“応援してる”と返してくれた。

簡単なその言葉をもらうだけで、胸の中の鉛が溶けて、少しずつ軽くなっていくのを感じた。


望月がどんな想いでその言葉を言ったのかなんて知らずに、俺は望月に甘えてしまった。

自分の弱さを誰かに知ってもらうことが、こんなにも情けなくて、こんなにも温かいことなんだって、その時俺は初めて知った。


……俺は、自分の中で望月の存在が大きくなっていることに気づかないふりをして、彼女を抱きしめていた。

雨は弱まることなく、俺たちを傘の中に閉じ込めていた。